第618話 汚部屋の主
◇汚部屋の主◇
「ルミエ君。よくやった。君たちも依頼を受けてくれたようで何よりだ。いやぁ、元は苦情を逸らすために発注した依頼であったのだが、ここにきて流石に放置できない状況になってしまってね」
狩人ギルドにて受注処理をした後、ルミエと共に具体的な依頼の説明を受けるためにマルフェスティ教授の下を訪ねると、彼女は研究室の前で俺らを出迎えてくれた。少し大仰なワザとらしい動作であったが、その手を大きく広げて俺らに感謝の意を伝えてくる。
やはりマルフェスティ教授が狩人ギルドに出した依頼は、片付けない責任を狩人ギルドに転嫁するための依頼であったらしい。それがここにきて騎士団から警告に近い苦情が届いたことで、本格的に片付ける必要がでてきたと言うわけだ。
「それで具体的な掃除の内容は現地で作業しながらの説明って感じで良いんですか?」
「おいおい。君は今の私の状況を見てもそう言うのかい?狩人は遺跡に入る機会もあるのだから、目の付け所は注意しなければならないよ。遺跡探検の重要なポイントは、細かいところにも目を配ることだ」
マルフェスティ教授は俺の観察力が悪いと揶揄するが、こっちだって目の前の惨状には気付いた上でそう言ったのだ。…やはり、マルフェスティ教授は倉庫の片付けには参加しないようだ。その理由ともなる目の前の惨状を俺らは呆れた顔で見つめていた。
「よくもまぁ…ここまで散らかしましたわね。学院からもこのゴミ山に苦情が来たようですわね」
「…学長直々に注意されたらしいですよぉ。研究費を人質にとってようやく教授も腰を上げたんです。本当にもぅ…普段から綺麗にすれば良いのに…」
メルルが口元を覆いながら顔を顰める。…あの汚屋敷を生成した者の研究室が綺麗な訳が無いのだ。マルフェスティ教授の背後にある研究室はまさしくあの倉庫を髣髴とさせるような状況であり、彼女はその部屋の掃除に取り組んでいるのだ。
つまり、あの倉庫と同じようにこの研究室も早急に整理整頓を行う必要があり、そのためにマルフェスティ教授は倉庫の掃除に参加することが出来ないのだろう。
「おいおい、この資料たちをゴミと評するのは歴史的価値を見極める審美眼が乏しいというものだ。世界は広く人々の紡いだ歴史は長い。それを知るためにはこの研究室が狭すぎると言う他ないのだよ」
「な…なるほど…。重要なもが多すぎてしまいきれないのですね…」
「タルテさん…騙されてはいけませんよ。単にマルフェスティ教授は片付けるのが面倒なだけの人です」
マルフェスティ教授は研究室の惨状に悪びれるどころか、どこか誇らしげにそう言葉を紡いでみせた。確かにあのゴミ屋敷と比べれば、その散らかっているものはどれも資料や本など価値のあるであろう物が多い。だが、それでも足の踏み場に困るような現状を正当化する言い訳にはならないだろう。案の定、タルテ以外の者は冷ややかなな目でマルフェスティ教授を見つめている。
「…私だって散らかっているとは思ってるさ。しかしな、どれも貴重な物なのは間違いないし、食料のように腐る物はちゃんと処理をしているのだ。これらをゴミと言うのはよしてくれ給え」
俺らの呆れた表情を見て、流石に彼女も誤魔化すのは無理だと悟ったのだろう。どこかいじけたようにそう呟いた。
「食料は処理している…ですかぁ。マルフェスティ教授。…そこにこの前のフィールドワークで使った保存食が腐っているようなのですが…」
「ルミエ君。確かに私は遺跡探検では細かいところにも目を配るのだと教えたが、残念ながら私の研究室は遺跡では無いのだよ。男の子も居るのだから乙女の秘密を明らかにしないでくれ」
ルミエが指摘した方を見れば、確かに鞄の中から古い保存食らしき物が転がり出ている。腐臭はしないものの、食べられるとは思えない邪悪な染みを作り出している。
「…そう思うのでしたら、奥に転がっている着物の類もちゃんと仕舞ってくださいまし。下着がハルト様に丸見えですわよ」
「…ほら、ハルト。そっちを見ないの」
「痛ぇっ!?」
意外と扇情的な下着が本の山の上に脱ぎ捨てられているが、俺がそちらに視線を向ける前にナナに顔を掴まれ強制的にそっぽを向かされる。そこまでは見せるつもりは無かったのだろう、 マルフェスティ教授も下着を自分の体で隠すように俺の前に移動した。表情は平静を保っているものの、その頬は僅かに赤くなっている。
「と、とにかくだな。あの倉庫の外にあぶれている物は捨ててしまって構わない。もともと保存したいものが増えた結果、倉庫の中からまろび出たゴミしか無いのだからな。倉庫の中は比較的整理されているから問題は無いはずだ。対応に困ったものが出れば…取りあえずはルミエ君に聞いてくれたまえ」
「わ、私がですかぁ…!?そんな…困りますよぉ」
「単純な物の判断なら君でも十分だろう?何、これも勉強だ。何なら倉庫の奥に詰めて置いてくれればそれで構わない。騎士団も倉庫の中までは言及しないだろう」
少しばかり無茶な指示にルミエが慌てたように言い返した。しかし、全て捨ててしまってよいのならば、整理整頓の必要が無いため作業は楽になると俺は内心でホッとしていた。あのゴミ屋敷にも腐るような物は見当たらなかったため、その点でもまだマシと思えてしまう。
「依頼書には闇魔法使いと…呪いに耐性をある者を募集していましたが…」
「ああ、そうだった。ゴミではあるのだが…呪物が混じっているのは事実だよ。古いものはどうしてもそういった物が多くてね。なぁに、君達のうちの誰かが闇魔法使いなのだろう?それならば問題ないはずだよ。そもそも、依頼を受けて欲しくなくて少しばかり条件を過剰にしたからね」
余り褒められたことではないが、マルフェスティ教授はあっけらかんと内情を語る。確かにギルド員からは呪いや危険な魔道具が混じっているという話を聞いたが、それによって死人や大怪我をした者が出たとは聞いていない。
マルフェスティ教授はそれでは私はこの部屋の掃除に戻るよと俺らに言って研究室の中に戻った。彼女にもちゃんと羞恥心が残ってはいたようで、マルフェスティ教授は真っ先に脱ぎ捨てられていた下着を箪笥の奥へと仕舞いこむ。そして俺の首はナナによってまた捻られる事となった。
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