第617話 助けを求める声がする
◇助けを求める声がする◇
「皆さん!あのぉ…ちょっとご相談したいことがあるのですが…今宜しいでしょうか…!?」
この前会ったときに言い忘れたことがあっただけとか、メイバル男爵領の祭祀場関係で質問があるだけだとか…、そんな用件だったらいいなと思っていたのだが、彼女の焦りようからして俺の希望的観測はまさしく儚い希望であったようだ。
メルルも嫌な予感を感じているようだが、俺らを頼りにやってきた後輩を無碍にすることは出来ない。彼女は開いている椅子を指し示すと、ルミエに座るように促した。彼女の対応にルミエは安心しながらゆっくりと着席した。
「ご、ごめんなさいぃ。その…相談と言いましたが…実はお願いに近いのですけれども…」
「なにがあったです…?協力できることなら協力しますけれど…?」
タルテが予備のカップに紅茶をドボドボと注ぐとルミエに差し出しながらそう言葉を返した。ルミエは両手の人差し指をツンツンと突きながら申し訳無さそうに身を縮こまらせてゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。
「ええと…、マルフェスティ教授が遺跡などの出土物を資料として保管しているのは知っていますよね…?その件で騎士団から苦情が届いていまして…。危険だから適切な処置をしろとぉ…」
「メイバル男爵領の一件でその手の代物の締め付けは厳しくなりましたからね。…特にマルフェスティ教授の保管しているだろう代物は、古代の特に得体の知れ無い物が多いでしょうし…」
「それこそ、獣の面と同一視されているかもね。最近に作られたものなら効果もはっきりとしてるんだろうけど、古いものは効果すらもはっきりしないだろうし…」
しどろもどろと躊躇うように語るルミエの口からは、案の定マルフェスティ教授の名前が出てきた。俺は引きつったように笑みを浮かべながらも、彼女の話に耳を傾ける。何故マルフェスティ教授に来た騎士団の苦情にルミエが対応しているのかという疑問はあるが、どうやら状況は思ったより切羽詰っているようである。
倉庫が溢れ出している時点で衛兵から苦情が来ていたのだろうが、そこに呪物が混じっていたことで、本格的に目を付けられたのだろう。マルフェスティ教授は今までのらりくらりとその苦情をやり過ごしていたようだが、今回はそうもいかないらしい。
「それでですねぇ。マルフェスティ教授がとにかく有用な人材を見つけてくれって…。断りたかったんですけど、その条件に心当たりがあったせいで…はっきりと断れなくて…」
「もしかしてルミエちゃん…、その条件って言うのは…」
ナナの疑問に答えるようにルミエは箇条書きされた条件が書かれた紙片を俺らに静々と差し出した。その条件は先ほどの依頼書に書かれていた条件と同一のものであり、まだルミエにどのようなことをして欲しいのかは語られていないものの、既に何を求められているのか想像が付いてしまう。
条件を見た俺らは相談するように顔を見合わせる。そしてタルテが仕舞いこんだ依頼書の中からマルフェスティ教授の出した依頼書を抜き出し、ルミエに見えるように差し出してみせた。
「あぁっ!?既に見てくれていたんですか!?そうなんですぅ…。そこの倉庫をどうにかしないといけないみたいで…。あ、もちろん私もお手伝いしますよ!」
「や…やっぱり…あの倉庫のお掃除の依頼ですか…」
「いや、その…なんだ。まだ受けると決めたわけじゃないんだが…」
俺らが既にその依頼表を持っていたことで依頼を受けてくれたのだと勘違いしたのだろう、ルミエは嬉しそうに顔を綻ばせた。しかし、残念ながらその依頼を受けるのは止めとこうと除外したばかりであるため、俺は申し訳無さそうに視線を伏せながらもルミエにそう伝えた。
俺の言葉を聞いた途端にルミエの顔が一気に曇る。その余りの落差に俺の内側で沸いた罪悪感が胸を締め上げ、思わず目線を逸らしてしまう。そしてルミエは助けを求めるように女性陣にも視線を向けるが、彼女たちも俺と同様にルミエから目線を逸らした。
「お、お願いしますぅ…。その依頼を受けてくださいぃ…。このままだと私一人で手伝うことになりそうなんですぅ…」
ルミエの竜の尾が力なく垂れ下がり、彼女の鋭い歯が並んだ口から情けない声が漏れる。その様子を見て、メルルが額を押さえながら深々と溜息を吐き出した。
「もう…。そもそも何で貴方がその倉庫の大掃除を任されているのですか。非情ではありますが、マルフェスティ教授にやらせれば良いではないですか…」
「それが…そのぉ…テストの点をおまけしてもらっていまして…。マルフェスティ教授は歴史も教えていますので…」
顔をほんのりと赤く染めたルミエが、指先をクルクルと回しながらそう呟いた。一応は他国の出身であるルミエは歴史が苦手らしく、どうやら随分とマルフェスティ教授に迷惑を掛けているらしい。ある意味ではそれで目を付けられてメイバル領にも同行することになったのだろう。
自業自得ではあるのだが、彼女が歴史を苦手とする理由も納得できるものであるため、無碍に扱うには少しばかり良心が痛む。…正直言ってあの量のゴミをルミエ一人で片付けるとなると、相当な時間を要することになるだろう。
「あの…どうしますか…?私としては…協力してもいいとは思いますけど…」
「そうだね…。私としても明確に反対する理由はないし、ルミエちゃんが困っているのなら手伝うことは嫌じゃないよ」
そして、ナナとタルテという妖精の首飾りの良心が最初に陥落した。俺とメルルだってマルフェスティ教授に都合よく使われるような状況に気が乗らないだけであって、ルミエが困っていると言うのならば助けの手を差し伸べることに否は無い。メルルは多少の呆れを含んだ溜息を吐き出すと、俺の前に依頼書を差し出した。
「それじゃぁ、まぁ…受注するか。こんな面倒な条件のある依頼ならば、貢献度も稼ぎやすいだろうしな…」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!ありがとうございます!あの…私もビシバシ働きますので!」
俺は後で受注処理をするために依頼書の写しを懐に仕舞いこむ。俺らの協力を得られることとなって、先ほどまでは垂れていたルミエの尻尾が歓喜する犬の尾のように激しく左右に振られていた。
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