第616話 汚屋敷の主
◇汚屋敷の主◇
「この依頼書、知っているお方が出されていますわね。…ああ、内容が内容ですから直接依頼するのはご遠慮したのでしょうか」
メルルが抜き出した依頼書には依頼者としてマルフェスティ教授の名前が記載されていた。知らない中ではないのだから直接依頼の交渉をしてくれても良かったのだが、メルルの言うとおりその依頼内容は銀級の俺らに頼むには些か憚られる内容であった。
しかし、同時にその依頼の写しがここにあるということは、鉄級が受注するには問題があるということでもある。何が問題なのかと依頼内容をよく確認するが、同時に俺とタルテの脳裏には昨日の光景が蘇ってきた。
「あの…ハルトさん…。…この…倉庫の大掃除って…」
「住所からして…あの倉庫だろうな。大掃除程度なら十分すぎる報酬だが、あのゴミの量を考えると安く思えるな…」
あの倉庫の惨状を引き起こしていたのはマルフェスティ教授だったのかと思わず呆れてしまう。…確かに整理整頓が出来そうなタイプには見えなかったが、あの惨状は余りに酷いだろう。汚部屋どころか汚屋敷を生成するのは勘弁してもらいたい。
そして、もらった依頼書の写しに混ざっているのではないかと軽く考えてはいたが、まさか本当に該当の依頼があったとなると、嫌な縁を感じてしまう。
あの惨状の倉庫の大掃除…。一般的な規模の大掃除を想定して依頼を引き受ければ大変な目にあうことは間違いない。そもそもそういった狩人の仕事から外れた雑用は嫌がれる依頼ではあるのだが、よくよく内容を確認すればそれ以上に誰も依頼を受注しなかった条件が書かれている。
「…誰もマルフェスティ教授にこんなことまで話してないよね?ルミエちゃんが教えたのなら…直接相談してきそうだけれども…」
「私も話してませんですよ…?メルルさんならまだしも…ナナさんやハルトさんは…知っている人のほうが少ないですよね…?」
依頼書の受注条件を目でなぞりながらナナがそう呟いた。倉庫の整理ならば筋力や体力に自信のあるものを募集するのだろうが、マルフェスティ教授の依頼の受注条件には必須として闇魔法使い、そして呪いに耐性のある巨人族ならなお良しと記載されている。
そういえば、呪物や魔道具の類がゴミに混ざっているため手を出すなと保管庫のギルド員も言っていた。つまりそういった物があるから参加する狩人に条件を課しているのだろう。あの噂は誇張されたものではなく純然たる真実であったということだ。
「まるで狙い撃ちをしてるかのような条件だな。…他にこの条件を満たす狩人は居るのか?」
「出来たらの話で…来て欲しいのは闇魔法使いなのでしょう。むしろ、巨人族が必須となる呪物が王都の倉庫に転がっているなど考えたくもありませんわ」
闇魔法使いならば呪物系の影響を低減したり、それこそ封印措置すらすることも出来る。しかし、それを行うには十分な錬度を必要とするため、それこそベルのようなレベルの腕前ではそんなことは不可能だろう。
そしてそんな闇魔法使いが倉庫の整理の依頼などを受注することは無いと言ってもいいだろう。光魔法使いと闇魔法使いは戦闘以外でも役に立つ魔法が豊富なため、仕事を選り好みできる立場なのだ。
だが、それでもまるで俺らの存在を知って指名しているような条件だ。もし俺らのことを知っていてこの条件を定めたのなら、わざわざこんなマネをせずに指名依頼を出して欲しいものだ。
「知らない仲でもないし、この依頼受けてみる?こんな条件を出すってことは困っているみたいだしね」
「そうですわね…。私たちには力自慢も多いですし直ぐに終わるんじゃないかしら。それにこんな条件を入れるということは、随分と面白そうなものを倉庫に仕舞っているようですわよ」
倉庫の整理というあまり面白そうな依頼ではないが、ナナとメルルは意外にも乗り気である。どうやら考古学者であり、古い発掘品を集めているであろうマルフェスティ教授の倉庫に興味があるようだ。確かに、そのワードだけ聞けばあるいは個人所有の貴重なコレクションを目に掛けるチャンスにも思えるだろう。
しかし、俺とタルテは実際の倉庫の惨状を知っているため、白けたような視線を二人に注ぐ。そして、二人に俺らが目にしたありのままの光景をたどたどしくも伝えると、彼女たちも尻込みしたように引きつった笑みを浮かべた。
「そ、そういうことでしたら…今回はご遠慮いたしましょうか…。その…話に聞く限りでは四人でするには少々荷が勝ちそうですわね」
「…なるほど。だから倉庫の整理じゃなくて大掃除なんだね。むしろ、ちゃんと物を捨てる必要があると認識している分、まだマシなのかな?」
「…ナナさんが全て燃やしていいのなら…直ぐに済みそうですが…、そういう訳にはいきませんよね…」
メルルは机の上に置かれたマルフェスティ教授からの依頼書を遠ざけるように押し戻した。俺らの説明によって期待した内容と現実の齟齬に気が付いたらしい。同じようにナナも苦笑いしながらメルルの遠ざけたマルフェスティ教授の依頼書を、見送りと判断した依頼の束の上に移動した。
タルテが気を利かせて、散らばりかけていた依頼書に手を伸ばしてそれを整え始める。束となった依頼書がテーブルの上でトントンと軽やかに音を立てるが、それに重なるように少しばかり焦ったような足音が遠くのほうから響いてきた。
複数の人間が喋るサロンの中ではその足音に注意を向けたのは俺だけであったが、俺がその足音の方向に顔を向けたことでナナやタルテも釣られるようにそちらに視線を向けた。俺らの視線の先、そこにはサロンの入り口から顔をみせたルミエの姿があった。貴族の多いサロンで少しばかり萎縮しながらも、彼女は人を探すかのようにキョロキョロと周囲を見渡している。
「…おい。なんか嫌な予感がするんだが…」
「…ルミエはまだ第一学年でしょう?別にマルフェスティ教授の研究室に所属しているわけではないのですから…それは考えすぎなのでは…」
俺は椅子に寄りかかりながらそう小さく呟いた。そしてその予感はどうやら当たったらしい。俺らの視線に気が付いたのか、ルミエが不安げな顔を一変させ歓喜したような顔を浮かべた。そして小走りで俺らのほうに向かってきたのだ。
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