第615話 微妙なれど必要な依頼

◇微妙なれど必要な依頼◇


「わざわざ斡旋してくれるってことは、金級目前ってことなのかな?私としてはやっぱり上の階級には憧れるなぁ」


 いつものサロンでナナとメルルに合流した俺らは、狩人ギルドであったことを話した。俺らは暫くの間は学業に専念するつもりであったのだが、こうも目の前に餌をぶら下げられると嫌でもそちらに気が向いてしまう。特にナナもタルテと同じように金級を目指すことに好意的であり、俺から渡された依頼の束に目を通してる。


 メルルは彼女達とは違ってそこまで躍起になっているわけではないが、それでも金級を目指すことに反対しているわけではない。現に紅茶を楽しみながらも、ナナが机の上に広げた依頼書に目を落としている。


「どれも近場の依頼ばかりですね…。時間が掛かりそうなものもありますが…隔日でもこなせそうですね…!」


「…ある意味ではタイミングが悪いですわね。あれがあれば遠方の依頼も可能なのでしょう?」


「それはそうだが…強いカードは秘密にしておきたいだろう?」


 メルルがあれと評したのはハンググライダー二号のことだ。あれがあれば極端に移動時間を短縮できるため、遠方で依頼をこなして日帰りで帰る事も可能だが、そのことを周囲には内緒にしているため、受け取った依頼書の写しにはそういった遠方の依頼は含まれて居ないだろう。


 傭兵には手持ちの強い手札をあえて誇示して武勇や威嚇に用いる者も多いが、狩人は逆に油断を誘ったり対策されるのを防ぐため秘密にする者が多い。特にチームでの飛行能力を有するなどは持っている者の方が少ない特殊な手札であるため、俺としては伏せておきたいのだ。もちろん、開示すればそれを加味された特殊な依頼も舞い込んでくるため、どちらでもメリットはあるのだが…。


「ではでは…!ギルドの人には悪いですが…掲示板で遠くの依頼を探しますか…?私…もう少し飛んでみたいです…!」


「言っておくが、遠方で手早く済む依頼を選ぶなら…、多分、晩飯を食うことなく特急で帰ることになるぞ…」


「ばっ…!?晩御飯…が…無いですと…!?…なんという二択なのでしょう…」


 空の旅を味わいたいタルテが遠方の依頼を望んだが、いくら飛ぶといっても王都から離れた場所で飛立つ必要があるし、移動時間が無くなる訳ではない。距離によるだろうが、恐らく食事は移動中の休憩で保存食で済ますことになるだろう。俺の言葉を聞いて、旅先ならではの食事を楽しみにしているタルテは絶望した表情を浮かべた。


 俺としても幾ら仕事とはいえ旅先の情緒を味わえないような依頼は遠慮願いたい。タルテを励ますように頭を撫でながら近いうちに皆で空のドライブをすることを約束する。どの道、テスト飛行は必要なのだ。


「大丈夫だよタルテちゃん。今なら野営のご飯も…」


「ナナ。駄目ですわ。それを言ってはいけません。…あっという間に無くなってしまいますわよ…」


「ふへ…?どういうことですか…?」


 ナナもタルテを励まそうと言葉を紡ぐが、それをメルルの手が阻止した。何事かとナナは困惑したように口を塞がれながらもメルルに視線を送るが、耳元で呟かれたメルルの言葉を聞いてハッとしたように深く頷いた。


 二人の様子にタルテは不思議そうに首を傾げているが、つまりは秘された事に気が付いていないということだ。彼女は忘れているようだが、俺らが受け取った竜肉は俺が保存食に加工したのだ。つまりは野営をするということは、食事にその肉を使うこととなる。もしそのことにタルテが気付こうものなら、王都に居ながら野営生活を提案しかねない。


「ほら、タルテちゃんも依頼を探してよ。王都内だとそんな派手な依頼も無いけど、こういう積み重ねが大切なんだから」


「その通りだな。今の俺らに足りないのはこなした依頼の件数なんだから、コツコツといくのも重要だ」


「そうですよね…!先ずは王都で困っている人達を助けましょう…!」


 ナナが慌ててタルテに依頼書を渡す。自身の失言を誤魔化すための行動ではあるが彼女の言っていることも間違いではない。俺らの年齢ではやはりどうしても長年狩人を続けた者と比べ解決した依頼の件数が少ないため、評価も低くなりがちなのだ。


 タルテは机の上に渡された依頼書の束を広げ、片っ端から目を通していく。俺らも彼女に続くように再び依頼書を手に取った。


「…家を飛び出した奥方の捜索と夫婦喧嘩の仲裁。…学生街に住む野良猫の駆除。…夫と喧嘩するために用心棒として加わって欲しい。なるほど。…どれも難しそうな依頼ですわね」


「…その辺は割の合わない依頼の筆頭でしょ。どれも依頼料が低いし…、内容も鉄級向けに見えて若い子には難しいみたいだし」


「学生街の猫に手を出してみろ。次の日には魔猫が群を成して襲いに来るぞ…」


 街の雑用をこなすのは鉄級の仕事ではあるのだが、鉄級の大半を占める若い世代には夫婦喧嘩の仲裁など難しいし、魔猫の群を相手にする知恵も力も足りない。かといって銅級以上ともなればこんな依頼は見向きもしないだろう。


 だからこそ、誰も受ける人間が居なく余ってしまっているのだ。そういう依頼は評価を稼ぐにはもってこいなのだが、あまり引き受けたいとも思えない。コツコツと依頼をこなすことが重要と言った手前、声を上げて反対はできないが、女性陣も乗り気でないためそういった依頼は受けずに済みそうだ。


「むむむ…。当たり前ですが…王都の中だと戦う依頼は無さそうですね…。王都の外ならどうでしょうか…?」


「単純な魔物の駆除ならわざわざ俺らに渡さないだろ。…ああ、でもこれは良いかもな。大規模な荘園の害虫駆除。火魔法使い指定で畑の土を焼いて害虫の卵ごと焼いて欲しいってさ」


 そうやって依頼書の束を吟味し、比較的俺らに向いていそうな依頼を抽出してゆく。そうして机の上に散らばった依頼書が段々と片付けられていったのだが、メルルが何かに気が付いたかのように弾いた依頼書の束から一枚の依頼書を抜き出した。


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