第614話 隣の芝が見えない

◇隣の芝が見えない◇


「…なぁタルテ。住所はここであってるんだよな」


 狩人ギルドが所持する倉庫に来た俺らだが、目の前に広がる惨状に三度ほど住所を確認した。これで見間違いなら良かったのだが、渡された鍵に記載された住所は確かに俺らの訪れている場所で間違いない。


 そもそも、狩人ギルドの所有する倉庫は納品所の裏手に存在しているのだから、間違いようも無いのだ。念のために風で表通りを確認するが、そこには確かに狩人ギルドの納品所が存在している。つまり目の前の光景は間違いないということだ。


「倉庫なんですよね…?その…ゴミ捨て場じゃなくて…」


「流石に…狩人ギルドの倉庫がこんな惨状なわけないよな?もしこれなら文句を言いに狩人ギルドに戻らなきゃならないが…」


 狩人ギルドの所有する倉庫は貴重な素材や武器が保管されているため、かなり確りとした造りの倉庫のはずだ。しかし、目の前の建物はタルテが言ったようにゴミが溢れ出しており、どう見ても狩人ギルドの倉庫には見えない。しかしゴミの向こうに見える倉庫の壁には、土魔法による破壊を防ぐためなのだろう、耐魔法処理が施されており、それが却って俺らの困惑を引き起こしている。


 俺とタルテは相談するように目を合わせた。これならば狩人ギルドの近くの今まで使っていた通常使用の保管庫を複数借りたほうがましだろう。建物の表がこんなゴミまみれなのだから、中ともなれば更に悲惨な光景が広がっていてもおかしくはない。


「…どうする?」


「とりあえず…中を確認しませんか…?…中が見れればの話ですけど…」


 そのゴミの要塞に俺とタルテは気圧されながらも、取りあえずは確認をするため俺らは建物に近づいてゆく。近くで見れば見るほどまさしくゴミ屋敷といった様相に思わず感心すらしてしまう。


「あのぉ…。もしかしてご利用の狩人さんですかぁ?保管庫はこちらになりますよぉ」


 人の気配を感じ取り俺がそちらに視線を向ければ、そこには狩人ギルドに所属しているだろうギルド員が居た。向こうも俺らの存在に気が付いたのか目線が重なり、更には恰好と持ち物から保管庫を利用する狩人だと思ったのだろう。どこか間延びした声で呼びかけてきた。


「あれ…?ギルド員さんですか…?」


「そうですそうです。保管庫の入り口はこっちですよぉ。…まぁ分ります。凄いゴミですよねぇ。言っておきますが、そのゴミは隣の建物ですからねぇ」


 俺らの訝しげな表情から何を思っているのかを類推したのか、彼は溜息をつきながら目の前の光景を説明し始めた。


「ほら、こっちの敷地を侵食してますがぁ、このゴミは隣の倉庫のものなんですよぉ。狩人ギルドの保管庫はこっち。散々苦情を入れているのですが、なにやら面倒な理由もあるみたいでぇ…」


 ゴミの脇を通り建物へと近づくと、ゴミの山に隠れていた狩人ギルドの保管庫が俺らの目前に姿を現した。こちらの建物は敷地を侵食されているものの、想像通りの保管庫の姿を保っており、心配は杞憂であったと俺は胸を撫で下ろした。


 しかし、それでもお隣の惨状は衝撃的である。よくこれで建物などを取り上げられないものだと呆れと驚愕が混じった視線でそちらを見つめてしまう。俺らはお隣さんに気を取られながらも、窓口を通してそのギルド員に鍵と書類を差し出した。


「はいはいぃ。妖精の首飾りの皆さんですね。場所はぁ…入って真っ直ぐ奥になります。…暇な時間なのでご案内しますよぉ」


 ガチャリと扉が開かれ、俺らは保管庫の中へと足を踏み入れる。保管庫の中はまるで宿のように細かい個室に分かれており、その内一つが俺らに貸し与えられた区画になるのだ。


「いい時に契約しましたねぇ。その部屋は中々開かない当たりの部屋ですよぉ。温度も湿度も比較的一定で…。…まぁ、お隣のせいで少しばかり利用者が減ったのですがぁ…」


「す…凄いお隣さんですよね…。苦情を入れても片付けてくれないのですか…?」


 案内されながら雑談をギルド員と交わすのだが、どうしてもその話題はお隣さんになってしまう。ギルド員は溜息と共にお隣さんへの文句を口にし始めた。


「もう散々苦情を入れているのですよぉ。…ああ、念のために言っておきますが、あまり触らないほうがいいですよ。既に盗もうとして怪我をした人も出てるんですよぉ」


 しかし文句だけでなくギルド員からは不穏な言葉も語られた。彼としても秘密にするつもりは無いのだろう。どういうことだと問いかければ、簡単にその理由を打ち明けた。


「ほら、ゴミと言ってもぉ…意外とまだ使えそうな物や、焚き付けに使えそうな木材の端材があるでしょう?だから持って行ってしまう人が何人も居たんですがぁ…中に呪物や魔道具の類が混じっているらしく…」


「それは…危険ですね。よくもまぁそんな場所が王都内に…」


 彼は手をパッと開いて何かが弾けるような素振りをしてみせる。そして同時に、治安を守る衛兵もそんなゴミ屋敷に手出しをしたくは無いから警告を飛ばすだけで実力行使には出ないのだろうなと想像がついてしまう。前世では財産権の侵害のため強制撤去をするハードルが高かったが、今世では誰も対処したくなくて盥回しになってしまっているのだろう。


 ギルド員はそのままお隣が近所で有名な呪いの建物となったエピソードを語る。噂に尾ひれが付いたのではなく、実際に呪物や魔道具などの危険なものが紛れているということが性質が悪い。その呪いの噂が定着したせいで、今は誰も手出しはしないのだとか…。


「ああ、しかも面倒なことに持ち主が狩人ギルドに依頼を出しているのですよぉ。片付けのための人員を募集すると…。要するに片付けて欲しいならさっさと人員を斡旋しろってことですぅ。賢しいですよねぇ。片付けない理由の一つに狩人ギルドの責任を混ぜたって訳ですよぉ」


「お片づけの…依頼ですか…。その…誰も引き受けなさそうな依頼ですね…」


 そう言いながらタルテは俺にチラリと顔を向ける。先ほど、そういった割に合わない依頼の特集を貰ったばかりなのだ。もしかして混じっているのではと、俺は嫌な予想を抱きながら依頼書をしまった鞄を軽く撫でた。


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