第612話 新しい翼

◇新しい翼◇


「おおお。お待ちしておりました。残りの作業は私達の方で終わらしておきましたので完成しておりますよ」


 メイバル男爵邸での晩餐会から暫く経った後、俺とタルテは王都にある竜讃神殿に顔を出していた。残念ながらメルルとナナは学院での講義があるため今日はお留守番なのだが、そもそも全員で出向くような用事ではない。


 竜讃神殿の神官は恭しい態度で俺ら…厳密に言えばタルテを出迎えてくれる。一応、俺も竜狩りだということは知られているため対応は悪くないのだが、タルテを崇め奉るような様子を見ているとその違いにどこか苦笑してしまう。


「あぁっ…!あの魔物避けの祭具ありがとうございます…!今のところ問題ないようですよ…!」


「それは何よりです。私たちと致してもあのような素材を使えるのは久方ぶりでして張り切ってしまいました」


 王都ではさほど竜讃が盛んでないため、光の女神の教会と比べその建物は大規模なものとは言えないが、それでも十分なほどに中は広く歴史の有る造りになっている。石畳の床は途中から板張りの床へと変わり、軋む音を立てながら俺らは奥へと進んでゆく。


 この神殿には獣の面の代わりとなる祭具の作成を依頼したのだが、実をいうと他の竜素材の加工も依頼していたのだ。もちろん竜素材を用いた鎧の加工は鍛冶屋に頼んだのだが、今回作る物は鍛冶屋に頼むことができないうえに、竜素材の扱いだけは本職に勝るほどの技量があるので問題はない。


「一応は頼まれた通りに処理は施しています。随分変わった形状ですが…これであっているのですよね?」


「ええ、問題ありません。これで間違いなく完成形ですよ。折り畳みも…問題なさそうですね」


 竜讃神殿にお願いしたのは素材の処理であり、形状の加工や組み立ては俺がここに通って施したのだ。完成したその奇妙な形状に神官は不思議そうにしているものの、目の前にある物体は俺の設計どおりに組み立っている。


 俺はその物体に手を伸ばすと畳まれていた翼を広げてみせる。その翼膜には風紋が刻まれており、死して素材になっていても濃厚な風の魔力を内包している。


「おお…。随分と大きいですね…。ここ…!ここが私の席になるわけなんですね…!」


「タルテが居ないと乗れない仕様だからな。真ん中の特等席だな」


 タルテが嬉しそうに中央に備え付けられた台座を撫でる。俺が作成したのは四人用のハンググライダーだ。もともと作りたいとは思っていたんだが、どうしても強度と揚力を確保するには巨大になってしまうため諦めていたのだが、今回、風属性を孕んだ竜素材が大量に手に入ったためそれが可能となったのだ。


 竜讃神殿に加工を頼んだおかげで、素材は細くとも十分な強度を有し、風属性の魔力も豊富だ。しかし、それでも折りたたみを可能にしたため各部接合部が強度的に脆弱であり、実際に使うためにはタルテの土魔法で補強することが必須なのだ。


「ここと…あとはこの辺だな。この状態でそのまま使うと多分折れる。メルルの血魔法で覆っても良いんだが…」


「問題ありませんよ…!この縁の鋼材を伸ばして補強すれば良いんですよね…?」


「これでも使用の度に補強することを前提に最大限小型化したんだぜ?…特にほら、畳み込んだ状態は一号機改とそんなに変わらないんだ」


 俺はハンググライダーの構造を説明しながら、今度は畳み込んでゆく。最大限まで畳まれたそれは重量的には軽く俺やタルテなら簡単に持ち上げることが可能で、待ち歩きや森の中で持ち歩くには些か嵩張るが、それでも無理すれば運ぶことが可能なサイズだ。乗合馬車でも別料金を取られる可能性が高いが運び込むことだってできるだろう。


「ああ、タルテ様。こちら、念のためと申しますか…この…、この…名前は分りませんが…この道具を私達が作成したという念書になります。最近はほら、騎士団の目もありますでしょう?査収されて面倒なことにもなりますでしょうし…」


 俺らがハンググライダーの確認をしていると、神官の一人が書類をタルテに差し出した。書類といっても竜讃神殿がこのハンググライダーの加工に携わったと一筆だけ認められた一枚の紙ではあるのだが、上等な紙に記されたそれは法的な説得力を有している。


「ありがとうございます…!…ハルトさん…これってメルルさんに貰った奴と同じものですよね…?」


「ああ、面倒だが携帯しておくか…。…一応聞いておくがメルルに貰った書状は持ち歩いてるよな?」


「むぅ…!ちゃんと持ってますよ…!あれだけ念を押されたんですから流石に忘れません…!」


 タルテは作業する俺の背後に回ると、俺の鞄の中に神官から渡された書類をしまった。そして俺の質問に答えながら自分の胸元から一枚の書類を取り出した。その書類にはタルテの持つ手甲ガントレットが彼女の所有する財産であり、武器以上の危険性はないとメルルによって書かれている。


 これは神官が語ったように騎士団が呪物に類する物を警戒しており、状況によっては査収されて調査されることもあるためだ。…原因はメイバル男爵領にて発生した竜災によるものだ。王都近郊の領地で竜災が発生したという事実は、たとえ被害が軽微だったとしても与えた影響が大きく、更にはその竜災が獣の面という祭具によって人為的に引き起こされたということで、騎士団が警戒しているのだ。


 そのため、今現在の王都では呪物、あるいは魔法的に特異な性能を持つ物を持っていると、騎士団に声を掛けられて取調べを受ける羽目になるのだ。タルテの手甲ガントレットと同様に、メルルは俺の双剣にも書状を書いてくれている。俺の双剣も魔剣として着実に育っているため、目を付けられれば取り上げられて調べられかねないのだ。


「それではお気をつけ下さいね。…私たちと致しましては、この神殿にて保管していても構わないのですが…」


「いえ、流石にそこまでお世話にはなりませんよ。丁度、他の竜素材のためにもっと大きな倉庫を借りる予定なので、そっちに保管します」


 言外にもっとタルテに来訪して欲しいと言いたげな神官を振り切るようにし、俺らは礼を言って竜讃神殿を後にする。ハンググライダーはタルテが誇らしげに掲げるように持ち上げており、待ち行く人々の視線を集めながら、俺らは狩人ギルドへと向かっていった。


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