第610話 カーデイルの始まり
◇カーデイルの始まり◇
「まず君達がどこまで知っているかを確認したいのだが、かのカーデイルがどうして滅びたのは知っているかな?…ルミエ君はこの前の授業に出ていたのだから、もちろん覚えているよね?」
マルフェスティ教授がワイングラスを揺らしながらそう呟いた。その話は少しでも歴史を調べたことがあれば真っ先に聞かされる話であるため、俺らは無言で頷いた。カーデイルは王国の西、現在はガナム帝国との国境地帯になっている箇所に存在した国だ。東部の都市国家の出身であるルミエならば知らない可能性もあるが、習ったばかりならば流石に覚えているだろう。
「カーデイル…ですか?ええと…確か昔にあった国ですよね?私も丁度習ったばかりです」
「おお、ベルは賢いねぇ。頭の良さはセイレンに似たのかな」
そして習いたてであるのはルミエだけでない。ベルもその知識は知ったばかりだと呟いた。逆に言えばこの前まで知らなかったということだが、ただの街娘であったのだから知らなくても仕方は無いだろう。ネルカトル領は北西部に位置しているため、ガナム帝国に関する知識も過ごす過程で耳に入ってきたが、王都近くの街で生まれ育ったのなら話題に登る機会も少ないはずだ。
そもそもカーデイルが滅んだのは俺らが産まれる前の話であり、今の若い世代にとっては遠い昔の話なのだ。そのことにジェネレーションギャップを感じたのか、マルフェスティ教授はげんなりするように溜息を吐いた。
「習ったばかりか…。せめて敵国の脅威を示す明確な根拠であるのだから、広く知っていて欲しい知識なんだがね…」
「ガナム帝国との戦争で滅んだのですよね?一部は王国に吸収されたとも習いましたが…」
「そう。平地人至上主義である唯一神教によって纏まっているガナム帝国にとって完全なる多民族国家であるカーデイルは不倶戴天の敵でもある。…けどね。そもそもの話、国の成り立ちからその戦争は始まっていたんだ」
そう言いながらマルフェスティ教授は竜のステーキにナイフを突き立てる。
「唯一神教…ですか。正直、あまりいい印象派ありませんね。その…良い人もいるのは知っていますが…」
「この国じゃ下火も下火だが、君の出身であるブルフルスは唯一神教会もあるはずだったね。里帰りをするときには声を掛けてくれよ?あの辺はまだ調査に行ったことがないんだ」
唯一神教の勇者に襲われたことのあるルミエは苦い顔を浮かべる。彼女にとって唯一神教会はお隣さんであったのだが、その一件で心はかなり離れてしまったのだろう。
マルフェスティ教授はルミエに声を掛けながらも、分厚いステーキを更にカットしサイコロ状にしてみせる。断面からは油が染み出し、その光景を見たタルテは思わずレポロさんに手を上げてステーキのお代わりを要求した。高級品ではあるが、晩餐の誘いが来たときにかなり食べると言っておいたため、お代わりの分も十分に用意されている。既に準備をしていたのか、直ぐにタルテの前に新しいステーキが配膳された。
「遥かな昔、冷たい滅びで世界の文明は断絶された。その後、世界の各地で同時期に様々な文明の起こりがあったのだけれども…、特にこの大陸はそれが顕著でね。かなりの長期間で複数の小さな国々が隣接していたんだ」
「今でも南方ではそんな小国家が犇いていると聞きますな。南方では海を越えて、東方では陸を辿ってやってきた難民もいるとか…」
マルフェスティ教授の言葉にメイバル男爵が答える。王国の南側は巨大な湾となっており、真っ直ぐ海を南下すれば再び陸に辿り着くことができる。そしてその南方…厳密に言えば南東といえる位置なのだが、そこは水が少なく複数の国家が今でも水源を争って戦争に明け暮れているという。
「まぁ…戦争好きの南東小国家郡のせいで、小国家郡と聞けば争いのイメージが強いが、当時のここいらは平穏なものだったようだよ。むしろ盛んに交易していた記録も残っている。竜讃教会や光や闇の女神の教会の前身である治療師団が活躍したのもこの時代だね」
よく長命種が昔は良かったと語るのはこの時代のことだ。ちょっと昔過ぎて大多数の共感を得ることはできないが、聞く限りでは平穏な時代が長らく続いたらしい。
「…だけど、そんな小国家の一つにとある宗教が伝来したことで状況は一変することとなった」
そう言いながらマルフェスティ教授はカットしたサイコロステーキにフォークを突き立てる。その肉は当時ではまだ帝国と呼称されていなかったガナムという国なのだろう。
「その国は武力によって隣国を吸収し、あるいは宗教によって合併を繰り返し、ついには平地人が主だった国の大半を取り込んだんだ。通常ならそんな勢いに任せた国土拡大は内乱を巻き起こすんだが…、不思議とそんな話は聞こえてこない」
そして、続けざまに他のサイコロステーキも口の中に放り込んで行き、半数以上を口に含んだところで赤ワインと共に一気に飲み込んだ。
「ああ、国の成り立ちからその戦争は始まっていたというのはそういう意味で仰ったのですね。確かに、ガナム帝国の存在がカーデイルを作ったのでしょうか」
マルフェスティ教授がステーキを飲み込んで一息ついていると、今度はメルルが何かを納得したようにそう呟いた。彼女は何処か妖艶な雰囲気で赤ワインを楽しみながら、チラリと視線をマルフェスティ教授の皿に残ったサイコロステーキに向ける。
「メルルさん…?メルルさんもお代わり欲しいんですか…?一緒に頼みます…?」
「私は一皿で十分ですわ。それに…人の皿を羨むほど飢えてはおりませんわよ。はぁ…レポロさん。この子にもう一皿だして貰えますか?」
メルルがステーキを見ていたから食べ足りないと思ったのだろう。気を利かせたタルテがお代わりするかと声を掛ける。しかし、メルルは呆れたようにタルテの分だけのお代わりを注文した。
彼女がマルフェスティ教授の皿のステーキを見たのは、そのサイコロステーキが小国家郡の比喩だからだ。ガナム帝国となったステーキはマルフェスティ教授が平らげたが、まだ更にはサイコロステーキが残っている。マルフェスティ教授はその残ったステーキをフォークで突くと、一塊となるように纏めてみせた。
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