第606話 竜の躯は世を巡る

◇竜の躯は世を巡る◇


「あぁあ!妖精の首飾りの皆さん!こちらです!皆さんの立ち会いがないとこいつの解体が始められないんですよぉ」


 マルフェスティ教授が俺らの元に来たおかげで、彼女に向けられていた奇異の目が俺らにそのままシフトし、俺らの存在に気が付いた狩人達が今度は竜狩りと呟き始めた。そして、その声によって俺らの到着に気が付いたのだろう。人ごみの奥からウォッチさんが姿を表して俺らの声を掛けた。


 彼がこいつと言いながら指を刺したのは、他の飛竜ワイバーンよりも格段に巨大な王種の死骸だ。それこそ飛竜ワイバーンの死骸ならば数が多いだけで、この人数で手分けすれば直ぐに解体することもできるだろう。しかし、この巨大な王種は解体するのも中々の重労働であるためさっさと片付けたいのだろう。


「お…お待たせしましてごめんなさい…!今行きます…!」


 タルテがウォッチさんの声に慌ててギルド証をしまいこむ。誇らしげに自慢していた所に注意の声が届いたため、少しばかり恥ずかしそうだ。


「ハルトさんもサインして欲しい書類が堪ってます!現地で確認しながらって言うからわざわざ持ってきたんですよ!」


「すいませんすいません。直ぐに処理しますんで…」


 そして、ウォッチさんの注意は俺を名指しでも飛んでくる。待たせてしまっていることは事実なので、俺らは足早にウォッチさんの下に進んでいく。ギルド員のウォッチさんだけでなく、普段はギルドの奥で魔物の解体に従事している解体師の方々にもご足労頂いているのだ。だからこそ余り待たせるわけにはいかない。


 だが、解体師の方々は俺らに随分と好意的だ。巨大な竜種の解体など早々体験できることではないので、その機会を作ってくれた俺らに敬意を向けてくれているらしい。俺らが彼らの元に行くと、手を掲げて迎え入れてくれた。


「マルフェスティさん…もう解体は始まりますけど、先ほど言っていた研究資料はもう運び出せたんですか?」


「いやいや。まだに決まっているだろう?第一、大半はこのデカ竜の下敷きなのだ。悪いが解体と同時に作業させてもらうよ」


「ご、ごめんなさい。なるべくお邪魔にならないようにしますので…」


 俺らの後に続いてマルフェスティ教授とルミエもこちらにやってきていた。その二人にウォッチさんが面倒臭そうな顔で訪ね掛けるが、マルフェスティは悪びれる様子も無くそう答えた。そのマルフェスティ教授の態度をフォローするように、ルミエが低姿勢で頭を下げる。


 確かに王種はタルテが作った落とし穴に再び埋没するようにしてその躯を晒している。そしてその落とし穴の下はこの石舞台の地下に存在した空洞へ向けて床を穿ったものであるため、マルフェスティ教授の言うことも分らなくはない。調査したいその地下室の壁画の大半は王種の死骸に埋まってしまっているのだ。


「壮観だねぇ。学院の生徒でもある狩人が屠ったと聞いて、てっきりあちらに転がっているような飛竜ワイバーンを想像していたんだが、見事に裏切られたよ。…武術の教員には知られないようにな。あいつらはこちらの都合を考えずに手合わせを要求してくるぞ」


「私が凄い狩人の人達だって言ってもマルフェスティ教授ったら全然信じてくれなかったんですよ?失礼な人ですよねぇ」


 既に俺らが来る前に見てはいるのだろうが、マルフェスティ教授は改めて王種の姿をまじまじと見上げている。俺も同じように王種の死骸を見つめていたのだが、現実に戻すようにウォッチさんが契約書の束を押し付けてくる。


 その押し付けられた契約書の大半は王種の死骸から取れる素材の振り分けだ。討たれてからまだ然程時間も経っていないのだが、王都から近いこともあって結構な量の人から素材を売ってほしいとの声が掛かっているようだ。


「ほら、妖精の首飾りの皆様は戦闘能力は階級以上に評価されているんですから、こういった業務をそつなくこなした方が全体評価が上がりますよ」


「うへぇ…。金級の昇格条件は把握してるけど、やっぱり年数がネックなんだよなぁ…」


「…今回の件は王都のギルドでもかなり評価が上がってますよ。緊急時の対応でここまでの戦績を残したのですから、当たり前ではありますが…。一部、若さを理由に信じない方々もいらっしゃったそうですが、ギルド長が直接目撃したということで黙ったそうです」


 そう言いながらウォッチさんはチラリと人ごみの一角を見つめる。そこにはウォッチさんと同じ制服を着た人間が王種の様子を見て何かを書き込んでいる。俺らが見ているのに気が付いたのか、その内一人が俺らに向かって手を振るう。その人は王都でよく俺らの対応をしてくれているギルド員の一人だ。恐らくは俺らの戦績の評価や、王都の近場で起きた竜災を調べるために派遣されたのだろう。


 俺は軽く会釈をして、ウォッチさんに渡された書類に目を落とす。想像以上の量があるため辟易としてしまうが、これを済ませなければ解体が始められないだろう。


「うぉ…!これ凄いな。完全一匹丸ごとの要求…!?…剥製にするのか?…。それでもこのサイズじゃ置く場所も無いよな…」


「ああ、ごめんなさい。それはこちで省いておけばよかったですね。顔の損傷が激しいのでその契約書は無視して結構ですよ。…ちなみに王宮からの要望ですので置く場所には困らないかと…」


 その言葉を聞いて今一度契約書を確認してみれば、確かに依頼は王宮から出されている。ウォッチさんの言うように状態のよい個体に限ると条件が書かれているため、今回は引き渡すことはできないだろう。だが、こういう風に丸々欲しがる者も居るため迂闊に解体もできないのだ。


 他にも大手の商会が竜鱗を優先的に回して欲しいだとか、顔を丸々剥製にしたいだとか、様々な要望が書かれた契約書がある。といっても俺は基本的に目を通すだけでいい。個人的に欲しい部位は伝えてあるため、残りの部位をどうするかはギルドのほうで見繕ってくれているのだ。


「翼膜に竜鱗が二十枚…お肉少々…頭角…頭蓋は俺らの取り分で…、うん…残りの采配も問題なし…だな」


「はい。…確かに。ではでは…。作業開始…!解体箇所は事前に打ち合わせた通りで問題ありません!」


 俺から契約書を受け取ると、ウォッチさんが大声を張り上げて解体師に声を掛ける。その声に応える様に解体師達も高らかと声を上げた。


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