第605話 屠竜の証

◇屠竜の証◇


「あぁ!皆さんお久しぶりです!聞きましたよぉ。あの凄い飛竜ワイバーンを討ち取ったとか!でも、タルテさんが居るなら結果の見えた戦いだった感じですかね?」


 俺らが荒れ果てた祭祀場に辿り着くと、既に多くの狩人が駆けつけて作業を始めているのか、活気の有る喧騒が出迎えてくれた。飛竜ワイバーンの解体を行っているその現場は、それこそ建物の解体現場のように手車や専用の工具などが運び込まれ、人々の掛け声が飛び交っている。


 そんな中、俺らのほうに駆けつけて声を掛けてきたのは飛竜ワイバーンの解体をしていた狩人ではなく、以前の依頼で知り合った竜人族ドラゴニアンのルミエだ。彼女の臀部からは綺麗な青い尻尾が伸びており、今の機嫌を表すように左右に振られている。


「ルミエさん…!お久しぶりですね…!でも…どうしてここに居るんですか…?」


「教授の手伝いとして問答無用で駆り出されたんですよぉ…。王都から夜通しで街に来た後、今度は朝一でこの祭祀場に来ることになって…」


 まだ元気が有り余っているように見えるが、どうやらここまで強行して辿り着いたらしい。彼女は軽く呆れたように溜息を吐き出している。


「へぇ。ルミエちゃんもちゃんと学生してるみたいだね」


「その…、私が竜讃の巫女ってことで教授に声を掛けていただいたんです。今日連れてこられたのもそのせいですよぉ」


 ルミエは国境の街、ブルフルスから学院に通うために移り住んだ竜讃神殿の巫女だ。その経歴を買われてこの竜讃の祭祀場にも連れてこられたのだろう。彼女がどのような学生生活を送っているかは把握していなかったが、どうやら中々に充実した学生生活を送っているようで、ナナが感心したように呟いた。


 そしてルミエは恨みがましい視線を石舞台の一角に向ける。そこには妙齢の女性が蹲っており、嘆くように地面を這いずり回っている。新種の魔物のような挙動ではあるが、周囲の狩人が戦闘態勢を取っていないため、恐らくは無害な魔物なのだろう。


「あぁぁぁあああぁぁぁああぁ!お、王国成立以前の碑文がぁぁああぁぁああぁぁ!許さん…許さんぞトカゲ共!…駆逐しなければ…」


 その蹲った人間からは地を這うような声で恨み言が呟かれている。半ば人とは思えない奇妙な様相であるため関わり合いたくはないが、このまま放っておいて完全に人から逸脱されても困る。困惑しながらもメルルがルミエに声を掛けた。


「これはまた…、随分と濃い方がいらしてますわね。ルミエ、貴方…助手なのでしょう?手伝わなくてよいのですか?」


「い、嫌ですよぉ…。見てください、周囲の人の目を。私まで変人と思われるじゃないですか」


 周囲の狩人は戦闘態勢ではないものの、奇妙なものを見るような視線を蹲っている人物に注いでいる。仲間と思われるのを嫌がったのだろう、ルミエはメルルの発言に勢い良く首を横に振った。


 だが、向こうはその様な視線は気にならないらしい。それどころか遠巻きに眺めながら他人の振りをしている俺らの存在に気が付いたのだろう。彼女はガバリと顔を上げると俺らの元に早送りのような動作で駆け寄ってきた。


「ルミエ君!その子達が君の言っていた狩人達かね?…いやぁよくあの竜を討ってくれたよ!少しばかり戦う場所を考えて欲しかったが…魔物が襲ってきたのであるならば、そんなことは無茶な要求か…」


 ガバリと顔を上げて距離を詰めて来たのは、妙齢の女性であった。教授とのことなので高齢であると思っていたため、その容姿に俺は驚いてしまう。彼女は緑がかった黒髪を手でさらりと流すとモノクルを軽く掛け直して俺らに握手を求めた。


 俺は引きつった笑いを浮かべながら彼女の握手に答える。彼女は俺の手を握ったまま上下に激しく揺さぶった。快活そうなその笑みは人当たりの良さを感じさせるが、モノクルのを通してこちらを見つめる瞳は知的な輝きを灯している。


「私はオルドダナ学院で考古学の研究をしているマルフェスティと申すものだ。こんな王都の程近くに、未発見の遺跡があったとは知らず駆けつけたんだが、まさか竜達に破壊されてしまっているとはね」


 そう言いながらマルフェスティ教授は悲しげな目で砕けた碑文や壁画を見つめている。確かに重要な文化財が無残に破壊されており、その悲しみも分らないではないが、どちらかというと罪悪感のほうが湧き上がってくる。


「…あの辺、竜じゃなくてタルテが壊してなかったか?」


「ハ…ハルトさん…!?お口を閉じるです…!黙っていてください…!」


 小声で俺がそう呟けば、タルテが慌てながら俺の腕を引っ張った。もちろん一緒に戦った俺も共犯ではあるため、告げ口をするつもりは無いが、慌てる彼女が面白くてつい嘯いてしまう。


 俺らの会話が聞こえたわけではないだろうが、ルミエは慌てた様子のタルテを見て何がこの場で起こったのか理解したのだろう。石舞台の奥に聳える王種の死骸を指差しながら、マルフェスティ教授との会話に割り込むように口を開いた。


「そ、それであの竜を倒したことで認められたんですよね!?竜讃の巫女としてちょっと見てみたいなって…」


「そうですね…!見てください…!私も欲しかったんですよ…!これでハルトさんとナナさんとお揃いです…!」


 誤魔化すためか実際に欲しかったからか、タルテは誇らしげに自身の狩人証を掲げて見せた。そこには竜を象ったエンボススタンプが刻まれており、それは彼女も竜狩りドラゴンスレイヤーとして認められた証拠でも有る。


 本来であれば飛竜ワイバーンの討伐程度では竜狩りドラゴンスレイヤーとは認められないのだが、それが王種の昇華個体、更には四人という少人数での討伐ということで竜狩りドラゴンスレイヤーに認められたのだ。その証を見てマルフェスティ教授も感心するように頷いて見せた。


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