第604話 竜災の日を超えて
◇竜災の日を超えて◇
「あの…。話し合って三人で過ごす事になったのですが、だんしゃ…いえ、お父様が騎士団に連行されて早々にまたお母さんと二人きりになったのですが…」
翌々日、俺らが男爵邸を訪ねるとレポロさんが男爵邸に泊まっているベルと引き合わせてくれた。しかし、彼女は自身の内面に宇宙を見出した猫の如くどこか虚無感のある表情を浮かべており、男爵が今は居ないことを告げてくれた。
あの後、聞いたところによると一世一代の懇願と、ベルの仲裁が合わさって三人は一応は一緒に過ごすこととなったらしい。しかし、その喜びに後押しされたのか男爵は晩酌の席にていつもより酒を味わい、酔いのせいでろくに推敲することもなく王府に現状を知らせる手紙を
「…竜に襲われて現在は復興作業中と送れば騎士団が来るのは当たり前ですわね。まぁ、どのみちアントルドンを引き渡す必要がありますから丁度よいのですが…」
「ベルちゃん、男爵様は別に捕まったわけじゃなくて参考人として呼び出されただけだから大丈夫だよ。夜には戻ってくるんじゃないかな?」
街が復興作業中であることは間違いないが、それは
だが、メイバル男爵の手紙を受け取った騎士団は街が壊滅状態にあると勘違いし、一団を率いて駆けつけたのだ。そして目にしたのは被災したとは思えないほど和気藹々と街の片付けをする住人達。拍子抜けした彼らはどういうことだとメイバル男爵に詰め寄ったのだ。
「多分、ベルちゃんにもその内に事情聴取をしに来ると思うよ。関係者どころか被害者だしね」
「えぇっ!?私もですか!?…あ!その…事情聴取は皆さんとご一緒にしてもらうことは…」
自分も騎士団に話をする必要があることを失念していたのだろう。グレクソン元子爵の事故の際に嫌な思いをしたからか、彼女は事情聴取をされることに対して乗り気ではないようだ。だからこそ、同様に事情聴取をされるであろう俺らに相乗りさせてもらうことを願ってきたのだが、生憎とそういうわけにはいかない。
「あー、俺らはメルルが報告書を出してるから…多分事情聴取は後回しになるんじゃないか?」
「えええ…。さ、流石ですね。私はそんな所まで気が回りませんでした…」
「もぐ…。あの報告書だけで終わるといいへふへど…。あとで私たちもお話ですかね…」
俺がそう伝えると、ベルはメルルの手際のよい対応に感心するように指先で軽く拍手をしてみせた。どの道、狩人ギルドの報告書を提出する必要があるため、それを流用して狩人ギルドに提出したのだ。そうすればわざわざ俺らに直接話を聞くのではなく、先に報告書に目を通せということだ。
そして、実を言うとあまりゆっくりもできないのだ。俺らを含む狩人が大量に倒した
被害者でもあり、まだ若いベルには解体の手伝いの声は掛かってはいないようだが、騎士団が街に常駐していることをいいことにかなりの量の狩人を投入するらしい。そして俺らが男爵邸に来たのも、夫婦喧嘩の結末が気になったこともあるのだが、少しばかりまたお邪魔させてもらおうという魂胆があったからでもある。
「あの、もう直ぐレポロさんがお母さんを連れてきますので。お母さんも私の話を聞いて皆さんにお礼が言いたいと…」
「あら、お礼だなんていいですのに。私達は単にアントルドンを捕らえに向かっただけですわ」
「えへへ…。その、メルルさんのことは魔法の先生って伝えていますので、そのお礼もあるのです」
俺がチラリと時間を気にしたからだろう。ベルはもう少し待ってくれというかのように声を掛けてくる。そしてティーワゴンから茶菓子を取り出すと、タルテが空にした皿と入れ替えた。だがそんなことではタルテが止まることはない。瞬く間にその茶菓子も空にしてみせた。
メルルも多少は絆されそうになったようだが、直ぐに当初の目的を思い出して席を立ち上がった。俺らが目指すは男爵邸の奥のワインセラーだ。
「悪いな。あんまり時間が無いんだ。さっさとあの祭祀場に行かないと遅刻になっちまう」
「え?あの…あそこから行くんですか?秘密だって聞いたのですが…」
「ええ。男爵が連行がされている今ならバレはしませんわ」
「メルルさん…。連行じゃなくて事情聴取ですよ…?」
そう言いながら俺らはずかずかと男爵邸の中を奥へと進んでいく。レポロさんが席を離れている今がチャンスなのだ。俺らを止めるべきなのかとベルが逡巡しているが、俺らが有無を言わせないアルカイックスマイルを浮かべ彼女を見つめるため、結局は邸宅の奥に進む俺らを引き止めることを諦めたようだ。
例の地下室へと足を進め、そこにある扉を開く。案の定、タルテの魔力で入り口は開放されて地下通路へと続く階段が俺らの目の前に広がった。俺らはまるで屋敷の中に忍び入るようにその階段を足早に降り、祭祀場へと向かっていった。
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