第602話 お酒には気をつけなさい

◇お酒には気をつけなさい◇


「いや、どういう状況なんだよ。…男爵がセクハラでもしたのか?」


 混沌とした状況に俺は呆れたように声を出す。その言葉を聞いてベルがワタワタと説明し始めるが、慌てているようでどうにも要領を得ることができない。更には近場で男性二人と女性二人が言い争っているため、ベルの説明に雑音が割り込んでくる。


 ベルの説明では理解できなかったため、俺は説明責任を果たせと強請るようにレポロさんを軽く睨む。俺だけでなく女性陣からも冷ややかな視線を注がれたからか、レポロさんは苦笑いを浮かべながらも、冷や汗を掻きながら早口で説明をし始めた。


「あのですね…。まずはどこから説明すればいいのか…」


「ねぇ?私が上げた鎧下はどうしたのかしら?あれは特別な糸で紡いだものなのだけれども…。まさか、駄目にしたとは言わないわよね?」


「そりゃ、あれだ。…飛竜ワイバーンを落とすのにお前の糸が必要でな。仕方ないだろ?解かにゃもっと怪我人が出たんだよ!」


「それは分っていますが、たとえいかなる理由があれど私に謝るのは必要ではなくって?」


 レポロさんの言葉に重なるようにギルド長と奥さんの言葉が重なる。堪らず俺は風の壁を張って彼ら二人の声が小さくなるように防音を施した。


「…ええと、ギルド長の言い争いは単なる夫婦喧嘩なので無視して頂いて結構です。…毎度のことですので。ナイデラ様の件ですが…ベルさん。皆様に知らせても良いでしょうか?」


「え、えと…あのことですよね?か、構いませんけど…私も実感が…」


 レポロさんはベルに説明することの許可を取る。ベルは自分に振られるとは思っていなかったようで、慌てながらもどこか恐縮した様子でその言葉に答えた。


「ベルさん。いえ、こうなってしまってはベルお嬢様とお呼びしたほうが宜しいですね。彼女は…ナイデラ様の隠し子なのです」


「わ、私も知ったばかりなんです!ええと、未だに信じられなくて…」


 その言葉に多少は驚いたものの、そういえばメイバル男爵は妙にベルに執着していたなと、ある意味では納得できる情報でもある。疑問が晴れたことで妙にすんなりとその情報を受け入れることができた。…となると、ギルド長だけでなくメイバル男爵も夫婦喧嘩ということだろうか。結婚はしていないのかもしれないが、言い争う二人にはどこか互いに対する気安さも感じ取ることができる。


 そして、ベルが混乱しているのもこのためなのだろう。確かに唐突に父親が判明した上、それが領主ともなれば混乱せずには居られないはずだ。


「なぜベルを隠し子扱いにしたのかしら?…まさか、ナイデラ様が認知しなかったなんて言いませんわよね?」


「…もしかして、跡継ぎが居ないからってベルちゃんを今になって引き取ろうと?それはちょっと…虫が良すぎるんじゃないかな?」


 レポロさんに対してメルルとナナからの責めるような視線が向けられる。その視線の冷たさは冗談なのではなく、それこそ返答によってはすぐさまベルの母親に加勢しそうな勢いだ。


「と、とんでもない。いえ…引き取ろうとしたのは事実ではあるのですが…、そもそもセイレンが認知をさせなかったのです。…コレもナイデラ様の自業自得なのですが…」


「認知させないって…、も…もしかして男爵様が無理やり…手篭めにしたとか…!」


「そんな…お母さん…そんなこと一言も…」


 レポロさんは反射的に答えるものの、今度はタルテが驚愕の表情で彼に問いただす。その言葉を聞いてベルは悲しそうに顔を俯かせてみせた。


「いえいえ!違います!違います!二人は…一応愛し合っていたのです。ええ。本人にも想いは聞いていたのでそれは間違いないかと…。二人の身分は違いましたが、所詮は男爵家。反対する者も居ない訳ではありませんでしたが…そこまで障害もある訳でもなく…」


 だが、即座にレポロさんがその推測を否定し、ベルの表情を晴らしてみせる。そして、ではなぜ今のような関係になっているのかと説明を続けるが、次第にその言葉を濁し始めた。彼はチラチラとベルの様子を確認するが、彼女も知りたそうな表情でレポロさんを見つめていたため、踏ん切りがついたように滔々と語り始めた。


「セイレンは一応は私の遠縁に当たりましてね。その縁で男爵邸にて働いていたのです。気の強い娘で上手く仕える事ができるか心配でしたが、その快活さにメイバル様も惹かれたのでしょう」


「み…身分を越えた二人の愛が…!芽吹いたわけですね…!」


「ほらもう、タルテ。説明の邪魔をしないの」


 恋の話が語られ始めると、タルテが興味心身に身を乗り出し、それをメルルが宥める。だがメルル自身も興味深げにレポロさんの話に耳を傾けていた。


「今思えば、私が二人の仲をもっと取り持てば良かったのです…。それこそ、早めに周囲を納得させ婚姻でも結べばよかったのですが…。若い二人はその勢いで一線を越えてしまったのです」


 一線を越えたと聞いて女性陣が顔を少しばかり赤める。両親の居ないメイバル男爵は、それこそ貴族としてではなく一人の男性として恋愛をしたのだろう。だからこそ、婚約だとか婚姻など必要な手順を飛ばしてしまったのか…。


「その…、言っちゃなんだがそこまで問題なのか?貴族同士の結婚ならまだしも…家臣の一人なら身内同士の結婚のようなものだし…」


 だが、同時に俺は二人が別れることになる程の問題とも思えなかった。貴族的な慣習は無視しているものの、二人が同意の上であるならば後から婚姻すれば済む話のようにも思える。


「そうですね。確かにそこは大した問題にはなりませんでした。問題は…先ほどナイデラ様の自業自得と申しましたように…、ナイデラ様は照れて一線を越えたことをお酒のせいにしたのです。もちろんお酒のせいだから関係を認めないなどではなく、お酒を飲んだせいで気持ちを抑え切れなかったと…。照れ隠しのために放った言葉なのですが、案の定セイレンがそれを許すわけもなく…」


 そう語りながらもレポロさんは女性陣の反応を窺うようにチラチラと視線を投げかけていた。先ほどまでは恋の話にどこか盛り上がっているようにも思えたが、今は静寂が世界を覆っていた。


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