第601話 罪状は怒らせたこと

◇罪状は怒らせたこと◇


「なんですの…これは…」


 街の様子を見てメルルがそう言葉を漏らした。メルルだけでなく俺もナナもタルテも彼女と同じ思いを抱いていたため、彼女と同じように目を見開いて街の様子を眺めることとなった。


 たとえば、不謹慎ではあるが街が半壊していたり至るところに火が渦巻いていれば、歓迎はしないものの飛竜ワイバーンに襲われたのだと納得できただろう。あるいは街がいつも通りの光景であれば街を守ることができたと安堵し、こうも驚くことはなかっただろう。


 一つ確実なことは街にも飛竜ワイバーンは飛来していた。その証拠が俺らの目の先には広がっていた。だが、飛竜ワイバーンによる被害は殆どなかったのだろう。その飛竜ワイバーンは恐らくは死体であり、街の住民はそれを興味深げに見上げているのだ。


「その…凄い状況だけれども…別の魔物に襲われたって訳じゃないよね?」


「だとしても人が出歩いているから収まった後だろう…。いや、こんな状況で出歩く人がいるのもおかしな話なんだがな」


 …俺らが驚いた理由、それは街に並ぶ建物を繋ぐようにして大量の蜘蛛の巣が張り巡らされていたからだ。そしてまるで蜘蛛が獲物を保存するかのように、その蜘蛛の巣からは蓑虫のように糸に包まれた飛竜ワイバーンが吊り下げられている。…街の上層に縦横無尽に張り巡らされた蜘蛛の巣のせいで日の光が陰り、吊り下げられた飛竜ワイバーンは否応にも死の気配を振りまいている。そのため街の光景からはどこか退廃的な印象を感じ取ることができた。


「ふぇぇ…。凄い蜘蛛の巣ですね…。街に蓋がされたみたいです…!」


「あー、こりゃ派手にやったな。…後始末が面倒だ…」


 だが、その光景に驚いているのは俺らだけであり、ギルド長を初めとする狩人達は大した反応を示さない。それこそこの光景が広がっていることを予期していたようにも思えた。そしてその対処にも慣れているのか、地面に落ちている木の枝を拾い上げるとまるでゴミを回収するかのごとく近場の蜘蛛の糸を巻き取ってゆく。


 彼らの反応を見て、俺はギルド長の奥さんが虫人族であることを思い出した。蜘蛛の巣を作るということは蜘蛛人族アラクネリアンなのだろうが、街を覆うほどの巣を構築するとなると生半可な腕前ではない。


「あ、ギルド長…。…それ…」


「ん?…やばい!?拉致られる!」


 狩人の一人がギルド長の腕を指差す。そこにはいつの間に付いたのは謎だが、一本の蜘蛛の糸が絡み付いていた。それを見たギルド長は慌てて糸を切ろうとするが、それよりも早く糸が巻き取られ始めた。


 そのまま引き摺られるようにしてギルド長は町の中心部へと連れ攫われてゆく。その光景を見てレポロさんは溜息を吐き出しながらもその後を追うように歩き始めた。


「…目の前で人が一人攫われたんだが…」


「大丈夫ですよ。向かう先は解っておりますので。…その…できれば皆様も止めるのを手伝って頂けると…」


 ギルド長が攫われたというのに心配する素振りも見せない狩人達を見て、俺はついそう呟いてしまう。その俺の独り言が聞こえたのか、レポロさんが問題ないことを告げた上で俺らも攫われた先に来て欲しいと懇願してきた。


 いまいち状況を読み取ることはできないが、ここで待機するわけにも行かないので俺らも消えたギルド長を追ってゆく。彼が連れ攫われた先はさほど遠いところではなく、ほんの少し歩いただけで騒ぐギルド長の声が俺らの耳に届くようになった。


「だ、だから仕方がなかったんだって!向こうにも凄い量の飛竜ワイバーンが居たの!」


「それでも街を手薄にする理由には成らなくって?そもそもレポロさんに聞きましたが、当初の目的は飛竜ワイバーン退治ではなかったはずよね。…たまたま上手くいったからってそれを言い訳に使うのはねぇ…」


 街のちょっとした広場には、まるで磔刑にあっているかのように半裸のギルド長が蜘蛛の巣に張り付けにされていた。彼は傍らに居る蜘蛛人族アラクネリアンの女性に対して言い訳をするようにつらつらと言葉を連ねている。蜘蛛人族アラクネリアンの女性はニコニコとした表情でギルド長を見つめているものの、その細められた目だけは笑っていない。


「あぁ!レポロ!お前、俺を売っただろ!聞いたぞ!俺を連れてくるように頼んだってな!」


「売っただなんて人聞きが悪い。私は…ほら、頼まれたら断れない性質でして…」


 俺らの姿を見つけたギルド長がレポロさんと醜い言い争いをし始める。その修羅場とも思える光景に興味を引かれなくはないが、俺らの視線はまた別の存在に釘付けになる。


「ええと。あそこでメイバル男爵が死に掛けているのは…」


「ああ、あれは自業自得の結果ですね。…私が仲裁しても彼女の怒りは鎮まりませんので…、立役者のあなた方が帰られたとなれば、ナイデラ様を回収できるかなと…」


「…あなた、男爵の盾になると申していませんでしたか?随分と攻撃を素通ししたようですが…」


 蜘蛛人族アラクネリアンの女性の隣ではベルと狩人ギルドに居た彼女の母親、そして顔面を青く腫らしたメイバル男爵が居た。メイバル男爵もギルド長と同じように母親らしき女性に詰られており、メイバル男爵は必死に頭を下げて謝罪している。


 その二人の間ではベルが挟まれるようにして慌てており、なんとか二人の仲裁をしたいようだが掛ける言葉が見つからず、ただただ二人の間で右往左往している。


「あぁ!?皆さん!ご無事だったのですね!…ええと、その…男爵様は無事じゃ無くなりました…」


 だからだろうか、彼女も俺らの姿を見つけると助けを求めるかのように駆け寄ってきた。彼女もいまいち状況が解っていないようで、その言葉は支離滅裂とまではいわないが、どこか混乱していた。


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