第600話 誰も得しなかった罪
◇誰も得しなかった罪◇
「いまどのあたりだ?体感的には中間地点は過ぎたとは思うが…」
ギルド長や狩人を引き連れて地下道を進んでいると、ギルド長がそう声を掛けてきた。彼も狩人達も地下通路に入った直後はこんな場所があったのかと興奮していたが、今はめっきり静かなものだ。正直言って見ごたえのあるものはあの竜の像程度で、代わり映えのない地下通路は歩いていても楽しいのは最初だけだ。
彼もそんな石壁ばかりの光景に飽きたのか、あるいは街が心配で気持ちが逸っているのか、俺に現在位置を尋ねた。しかし、俺だってここに足を踏み入れるのは二回目に過ぎない。存じ上げないことを示すように両手を軽く掲げてみせた。
だが、飽きてきているのは俺も同じなので、先を確かめるため風を送り込む。できれば出口の存在を確認したかったところだだが、それよりも先に人間の存在を風にて感知することができた。
その人間はこちらに向かって小走りで向かってきており、俺らの存在に気が付くと焦ったようにして走りよって来た。
「み、みなさん!良くぞご無事で!それに…ギルド長も…」
地下通路の暗がりから姿をみせたのはレポロさんだ。彼はここに居てはいけない狩人達の存在に多少は驚いたようだが、そこには言及することなく俺らの無事に安堵するように息を吐き出した。だが、それでも彼はどこかそわそわとしており、落ち着かない様子が窺える。
「なぁ、街はどうなっている。無事なのか?…ここには逃げてきたわけじゃないんだろ?」
「え、ええ。街は無事ですよ。街は。…私は、そうですね、皆様の様子を確認するために戻ってきたわけでして…」
どこか歯切れの悪い受け答えであったが、レポロさんは街が無事であると俺らに伝える。その言葉に後ろに続いていた狩人達も肩の力を抜くように安堵したのを感じ取ることができた。
「ええと…ただ問題も起きてまして…ギルド長は早く街に戻って頂けますか?」
「いや、そりゃ戻るためにこの通路を使わしてもらっている訳だが…何かあったのか?」
「戻れば解りますよ。いや、そちらも決着がついたようで何よりです」
レポロさんは踵を返すと、俺らを急かすように先に進む。その態度に違和感を覚えるものの、特に敵意のようなものを感じなかったため、俺らは彼に続くように足を進めた。
「そういえば、アントルドンや…彼の息子のヒュージル殿の姿が見えませんが…」
「あいつらは別働隊が森を通って護送してる。夕方には辿り着くだろうよ」
コツコツと石畳を靴が叩く音に重なるようにして、レポロさんがギルド長に尋ねかける。その言葉を聞いてレポロさんは複雑な感情を抱えるような表情を浮かべた。
「今回の件は訴え出ないわけにはいきませんが、…そうなるとヒュージル殿も罪に問われることになりますね?」
「…。…少なくともアントルドン様と一緒に行動をしておりましたので、廃摘されることは確実かと…。何かしらの罰があるかどうかは…微妙なところですわね。ああ、シャリアン様であればメイバル男爵家に戻ることも可能だと思いますわよ」
レポロさんは貴族であるメルルに尋ねかけるが、その返答が自分の望んでいたものではなかったようで、あまり表情は優れない。
「このようなことを尋ねるとご不快に思われるかもしれませんが、ヒュージル殿をメイバル男爵家で保護することは可能なのでしょうか?」
「…ああ、もしかしてナイデラ様が仰っておりました家督相続の件でしょうか?…それは正直厳しいかと。客分や家臣という形で保護することはできるとは思いますが…」
あの石舞台の上でメイバル男爵はヒュージルに家督を譲る準備があると言っていた。それはアントルドンの凶行を止めるための交換条件ではなく、子供の居ない彼の苦肉の策でもある。メイバル男爵に子供がいない事を知っているからか、ギルド長もレポロさんが危惧していることに気付いて悩ましげに眉を顰めている。
だが、残念ながらヒュージルに家督を相続することはメルル曰く難しいらしい。それならば他から養子を迎え入れる必要があるのだろうが、彼らが悩んでいるということはそれも難しいということだろう。
「なぁ、ナナ。家督を継げる人間がいないとどうなるんだ?事故や病気とか…何も珍しいケースって訳じゃないだろ?」
「その場合はその爵位を授けた人の下に爵位や領地が戻ることになるね。メイバル男爵家もそうだろうけど…大半は王家が爵位を授けているから、このままだとメイバル男爵領は王領になるはずだね」
俺は隣を歩くナナに気になったことを訪ねかける。領地に生きる民にとっては誰が統治しようと普段の生活が変わらなければそれでよいと思っているのだろうが、メイブルトンの街を見る限りメイバル男爵と民の距離はかなり近い。現にギルド長はレポロさんと同じようにメイバル男爵家が途絶えることを危惧しているのだろう、何か術はないのかとレポロさんに問いただしている。
「おい、孤児院から子供を引き取ったりしてどうにかできないのか?あそこにゃ男爵に懐いている奴もいるだろ?」
「流石に孤児に家督を継がせるのは難しいですよ。い、いえ…その…方法が無い訳ではないのですが…」
軽く言い争うようにレポロさんとギルド長が言葉を交わしているうちに、俺らは地下通路の出口まで辿り着いていた。仄かな明かりの灯る階段をぞろぞろと登っていき、メイバル男爵邸の中に進入すると、流石に物珍しいのか狩人達は邸宅の内部を観察するように目を這わす。
しかし、やはり街の様子が心配だったのだろう。レポロさんが俺らを玄関まで案内すると、直ぐにでも外の様子を確認しようと我先にと入った具合に扉に向かって足早に歩み寄ってゆく。そしてその扉が開かれると、メイブルトンの街の様子が俺らの眼前に晒されることとなった。
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