第599話 帰り道が一番だるい
◇帰り道が一番だるい◇
「へぶぁ!?」
王種の頭に血の刃を突き立てたはいいが、俺はそのまま勢いを殺しきれず、血の刃を手放して王種の頭に激突する。脳裏に舞う星を見ながら俺は即座に身を翻し王種の頭部から離脱するが、王種が反応することは無かった。
虫ピンのように血の刃で大地に縫いとめられた王種の瞳には生者が宿す光は残っていなかった。俺は警戒しながらも王種に歩み寄ると、その見開かれた瞳を隠すように王種の瞼を閉じてみせた。そして、そのまま王種の死体に寄りかかるようにして地面に尻をつける。地面はまだ結構な熱を残しているが、今は体を休めることを優先したい。
「お疲れ様。…終わったんだよね?」
火魔法で周囲を鎮火しながらナナが俺に向かってくる。俺は声には出さず手を振って終わったことをナナに示した。
「最後は…余計でしたかしら?タルテの攻撃で終わっていたかもしれませんわね」
王種の頭に突き立った柱のような血の刃を見ながらメルルがそう呟いた。彼女が魔法を解くと、その血の刃はボロボロと朽ちるように分解されてゆく。タルテも同様に王種の頭を押さえつけていた魔法を解くと、王種の背中から転がり落ちるようにしてメルルの横に着地した。
結構な高度から王種と共に落下したのだが、持ち前の頑丈さに加え、王種の身体がクッション代わりにもなったのだろう。彼女に目立った傷は無い。
「いえいえ…。すこし抵抗が残ってましたから…この頭に刺さった血が止めだと思います…!」
「もしかしたら、ハルトの最後の頭突きかもね。結構な音がしてたし」
「なんだよ、見てたのか。恰好悪いところ見られちまったな…」
皆で息絶えた王種を見つめながら、感慨深げに戦闘を振り返る。そして溜まった疲労を吐き出すように深々と溜息を吐き出した。
「他の人たちは…大丈夫そうだね。向こうも方が付いたみたい」
「群は面倒だが、逆にリーダーさえ倒せば霧散してくれるのは助かるな」
他の
多くの
「随分な激闘だったな。
こちらの戦闘が終わったことを見て、ギルド長が俺らの下に歩み寄ってくる。彼は息絶えた王種を間近で確認すると、感嘆するような声を漏らした。
「…
「素材は滅茶苦茶だがな。特に顔周りのお高い所は大分傷物になっちまった」
「なぁに。命あっての物種よ。向こうの
ギルド長は王種の死骸を検分するように目を這わす。そして、半裸のためどこか違和感があるが、彼は恭しい態度で俺らに深くお辞儀をしてみせた。…だがギルド長は軽く息を吐き出すと、王種の死骸から目を離し、振り返るようにして街の方角を見つめた。
「…疲れているところ申し訳ないが…、あまりゆっくりはできない。何匹かは街に向かった可能性がある。恐らくは大丈夫だろうが…、なるべく早く俺らも街に戻る必要があるんだ」
ただでさえ街に残っていた人員をこの祭祀場に廻したのだ。今のメイブルトンはかなり手薄になっていることだろう。だからこそギルド長は早く待ちに戻るべきだと俺らに言葉を投げかけた。それは同時に俺らが先回りしていたことにも言及している。
要するに近道を知っているのではと暗に俺らに尋ねかけているのだ。俺らは相談するように互いに目を合わせるが、メルルが仕方ないというように深く頷いてみせた。確かにこの状況ではあの地下通路を秘匿するのも得策ではないだろう。…第一、俺らも彼らに合わせて長々と森のルートで帰りたくない。さっさと地下通路を使って帰りたいのだ。
「口が堅い方々を見繕ってくださいますか?一応はメイバル男爵に口外しないように言われていますの」
「…今来てる奴らはメイブルトン出身の俺が信頼しているやつらばかりだが…、どんな内容なんだ?」
ある程度は近道がどんなものかを予想していたのだろう。メルルから地下通路のことを聞いてもギルド長は驚くことはなく、情報を吟味するように相槌を打った。そして既にそのルートでベル達を帰していることを聞くと彼は安堵するように息を吐き出した。
「それなりゃ大丈夫だ。街の秘密となりゃ話す奴はいねぇよ。…ああ、…酒癖の悪い奴だけ別に返したほうがいいか?」
ギルド長は多少悩みはしたものの、半数ほどの狩人に声を掛けて俺ら近くに集合させた。集まった狩人は俺らの戦闘を端目に見ていたのだろう。どこか俺らに対する態度にむず痒いものを感じた。何人かは興味深げに王種の死骸を観察し、俺らに許可を取ってからペタペタと触って騒いでいる。
だが、ギルド長は彼らをギロリと睨んで静かにさせた。そして彼らにこれから急いで街に戻ることを淡々と説明した。即座に帰着することに狩人達は苦々しげな顔を浮かべるが、街にも危機が迫っている可能性を解っているのだろう、誰も反対する声を上げることはない。
「残りは通常のルートで帰させる。アントルドン達もそっちのルートだな。素人を連れての森は心許ないが…その道を知られるよりはいいだろ」
ギルド長のその言葉を受けて俺らは彼らを引き連れるようにして地下通路へと向かい始めた。
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