第595話 竜の風域
◇竜の風域◇
「来るぞ!…伏せて頭を出すな!暴風なんてもんじゃない!」
俺は自身の体に着いた王種の血から風の魔力を感じ取り、直前に奴の用いる魔法に当たりをつけた。そして俺が声を掛けた瞬間に案の定、大規模な風魔法が発動する。
王種が使った魔法、それは空気の生成魔法だ。…生成魔法は正直に言って風魔法使いが使うことは殆ど無い。大した量を生み出せる訳でもなく、更には生成した空気はレジストされると簡単に消失してしまうからだ。わざわざそんな事をしなくても空気はそこら中にあることも使わない理由の一つであろう。同じように土魔法使いも生成魔法を用いることは無く、生成魔法を用いるのは、それがほぼ必須である火魔法使いと水場に困った水魔法使いくらいだ。
「なんですか…!?今の音…!?み…耳が…痺れてます…!」
「タルテちゃん!立っちゃ駄目だよ!外は凄いことになってる!」
だが、王種の使った生成魔法はその規模ゆえに圧倒的な破壊力を大地に刻むことになった。瓦礫の中に染み込んだ奴の血液を触媒にすることで、その質量が全て空気に変わったのだろう。地の底で多量の空気が瞬間的に生成され、それが爆轟となって一帯を吹き飛ばしたのだ。
その轟音にタルテは耳を押さえ軽く目を回している。そんな彼女がふら付いて塹壕の外に出てしまうのではないかと思ったのだろう。ナナは抱きとめるようにしてタルテを塹壕の中に隠した。
「ハルト様!この風は止めれますか!」
「駄目だ!血を触媒にしたからか…消せない上に支配力も格段に強い!」
そもそも生成魔法は魂が俺らを世界に顕現しているという最も初歩の魔法を拡張し、自分自身だけでなく他の物質も顕現するという魔法だ。その極地が自身の肉体全てを書き換えるナナの精霊化なのだが、だからこそ規模に限界はあるし、永遠に物質を顕現しておくことは自身の存在を削ることになるので不可能と言ってもいい。
しかし、王種は流れ落ちた大量の血を捧げる事で、一時的な顕現ではなく永続的に存在する空気を生成したのだろう。そのため存在の強度が高く、俺が魔力をぶつけても消えることなく存在し続けている。それでいて王種の血を媒介にしただけあって奴の支配力が格段に強く、俺が操ろうとも弾かれてしまう。
「ふえぇ…。石がいっぱい飛んでます…!こ…これって…私のせいでしょうか…!?」
「石なんてそこら中にあったから気にするな。むしろこれを予想できなかった俺のミスだな…」
爆轟の後も俺らが外に出れずにいるのは、俺らを含め周囲を覆いつくすほどの巨大な竜巻と、その竜巻に巻き上げられた大量の瓦礫が飛来しているからだ。台風や竜巻で被害を増す要因になるのがこの風によって巻き上げられた大量の飛来物だ。それらは高速で地上にも降り注ぎ、家や木々を破壊し更に飛来物を増やすこととなるため、更なる被害を生み出すのだ。
まるで大粒の雹が降り注ぐように、瓦礫片が地面にぶつかりやかましい音を立てる。塹壕の中に退避している俺らの下にも、横合いから殴りつけるように瓦礫片が飛来するが、タルテがそれを殴りつけることで防いでいる。
「ハルト!まだ何か仕掛けてくるみたい!あそこに影が浮かんでいる!」
「穴から飛び出しましたか…。決して浅くはない怪我のはずですが、まだ元気そうですわね」
俺よりも先んじて、ナナが竜巻で巻き上げられた砂塵の向こうを指差す。そこには天を舞う巨大な影が浮かんでおり、俺らのほうへと飛来するのが映し出されていた。
逆に俺はかなりの焦りを感じていた。周囲を渦巻く風は制御できないどころか、満足に感覚を乗せることもできないのだ。魔法に目覚めてからというもの、第六感として風の感覚を感じていた俺にとっては、今の状況は唐突に感覚の一つを奪われたようなものだ。
流石にそれだけで戦えなくなるような鍛え方はしていないが、もっとも自信の有る風魔法を塗りつぶされたことで動揺してしまっているのだ。できればこの竜巻の外から正常な空気を流入させたいところだが、それも奴の風が邪魔してままならない。なんとか、支配権を奪い取った風も圧縮空気球一発分だ。これも解き放ってしまえば即座に奴の空気に塗りつぶされてしまうだろう。俺はその空気球を掲げて自嘲気味に笑った。
「今はこれが精一杯…。我ながら情けないな」
「新鮮な血液を触媒に自身の支配する空気の大量生成ですか…。用いる血液の量を考えれば、一種には不可能の魔法ですわね」
「時間をかければもう少し集められるんだが、向こうもどうやら待ってくれないらしい…」
ナナが見つけた王種の影に目を向ければ、そこに多量の風属性の魔力が集っているのがわかる。どうやら立て続けに攻めて俺らに状況を打開する隙を与えないらしい。
「この気配は…ブレスです…!
龍として感じ取るものがあったのか、タルテが俺らに向かってそう叫んだ。そしてその言葉が俺らの耳に届いた直後、竜巻を上空から穿つようにして大量の空気が放たれた。
奴が放ったのは文字通り
「悪いが全員で吹っ飛んで貰うぞ!あれに呑まれるよりはマシだ!」
まだ退避する余裕はあるものの、余波とも言うべき横合いからの暴力的な風が俺らの行動を阻害する。このままでは安全地帯まで逃げ切れないと判断した俺は、先ほど集めた圧縮空気を俺らの後方で爆ぜさせた。
俺らは四人纏まって石舞台の上を真横に吹っ飛んでゆく。普段ならもっと華麗に姿勢制御ができるのだが、奴の風に妨害されて俺は随分と不恰好な視線で石舞台の上に転がった。
「もう!風魔法使いはみんな乱暴なんですから!」
「…どう?ハルトと戦う剣士の気持ちがわかった?」
「こりゃかなりイラつくな。満足に動けやしない」
王種のブレスが通り過ぎた後、逆さまになって転がっている俺を見て、ナナが笑いを堪えながらそう言った。この状況でも笑ってみせるナナに少しの元気を別けてもらい、俺は砂埃を払いながら立ち上がった。
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