第594話 王種は力を溜めている

◇王種は力を溜めている◇


「この距離なら流石に燃えてくれるよね?」


 ナナが波刃剣フランベルジュで王種に斬りかかる。その瞬間、鈍い硬質な音と共にナナを中心とするように炎が旗めき、王種の竜鱗を焦がしてゆく。そして、斬撃からそのまま鍔迫り合いのような姿勢に移ったナナは、そのままメルルと並ぶようにして王種の頭部を押し込もうとする。


 高速回転をする刃に熱を強制的に移してくる冷たい炎の魔剣。流石に耐え切れなくなったのか、王種はタルテを襲おうとしていた頭部を引っ込めようとする。だがしかし、今度は俺が高速で接近する。俺はメルルの回転ノコギリに負けぬ勢いで回転し、まるでブーメランのように王種の頭部に激突した。もちろん、その間も回転を止めることはなく、両手に握った双剣が頑丈な竜鱗をゴリゴリと削ってゆく。


 右の頬はメルルの刃が回転し、左の頬では俺が回転している。王種はまるで洗車機に頭を突っ込んだような状況であるが、鱗を綺麗にするどころが破壊する出力だ。この洗車機に車を突っ込めば数秒で廃車になることだろう。


「ァアアァァアアアアアアァア!!!」


 地響きのような声を上げた王種を見て、俺らは攻撃の手応えを感じる。しかし、どこか王種の様子に違和感を感じ、俺は思わず手を止めてしまう。


 王種の顔面には無数の傷が刻まれ、時と共に命にも届くのではないかという量の血が流れ落ちている。その大量の血は瓦礫の隙間に流れ落ちてはいるが、余りの量に血溜まりができるほどだ。王種は俺らの攻撃から逃れるために頭部を上方に仰け反らせるが、その際にその血を広範囲に振りまいた。


「ねぇ…。なんか…様子がおかしくない?」


「ああ、奴の魔力が増してるのか?風の感覚に何か違和感が…」


 ナナも竜の様子に違和感を感じたのだろう。王種を見つめながらそう呟いた。俺らの攻撃を受けた直後、王種の瞳はまだ意志の強さを感じ取ることができた。それこそ、勘弁してくれと願うような情けない顔つきではなく、よくもやってくれたなというように俺らを睨みつけていたのだ。


 それだけなら、単にまだ王種の体力を削りきれていないだけとも思えるが、どこかその振る舞いに余裕が見えたのだ。そして、言葉に表すのは困難では有るが、ピリピリと肌を刺激するような魔力の波動も感じ取ることができる。それがどういう原理で発生しているかは不明だが、なにか再び仕掛けてくるのではないかと、俺も警戒するように王種を見据えた。


「あれ…?ま…魔法の抵抗が増しています…!!それも急激に…!…地面が解けちゃいます…!」

「タルテ!魔法を解け!無理に魔法を維持する必要はない!一旦距離を開けるぞ!」


 そんな俺らに対し背後から焦るタルテの声がかかる。風魔法が止んでいるため、タルテの魔法に対する対抗に力を割いているのかとも思ったが、どうにも感覚的な違和感が拭えない。これまでとは大きく違い王種は大人しくしているため、絶好の攻撃の機会にも思えるが、俺には大人しい王種が力を溜めているようにも見えたのだ。


「ま、待ってくださいまし…。これは…血が反応している?血魔法ではありませんが…まさか…」


 飛びのく瞬間にメルルが不吉なことを呟く。彼女は自身の体にべっとりとついた血を手の平で拭って、それをまじまじと見ながらそう呟いたのだ。その手の平についた血は彼女の血ではなく、先ほどの攻撃で出血させた王種の血液だ。


 血と聞いて真っ先に思い浮かぶのはメルルの血魔法であるが、それ以外にも俺らには思い当たるものがある。それは魔法使い、あるいは魔術師ならば真っ先に思い当たる血液の利用方法であり、特に竜種の血液は重宝されている。


 俺は流れ落ちる竜種の血液を目で追った。その巨体故に多量の血液が流れ落ち、小さな滝のようになったそれは瓦礫の隙間に染み込み周囲に浸透している。そして、俺もメルルのように自分の体に着いた返り血を確認してみれば、その血液は王種の魔力に反応するように活性化していた。


「タルテは壁を作ってくれ!全員退避!防御姿勢をとってくれ!」


「自身の血を触媒に魔法を放つつもりですわ!大規模な魔法が来ますわよ!」


 王種の目的を察知した俺とメルルが叫ぶ。ナナやメルルが規模の大きな魔法を使う際に触媒を用いるように、王種は流れ落ちた自分の血液を触媒として魔法を発動しようとしているのだ。


「み…皆さん…!早くこちらに…!塹壕を作ります…!」


 即座にタルテが転がるようにして更に王種から離れると、地面に手を当てて魔法を発動した。俺らも彼女を追いかけるようにして、次々にその塹壕の中に飛び込んだ。


「なんで飛竜ワイバーンが…、魔法というよりも魔術の分野ですわよ!?」


「いや…もともと魔物が使う魔法を利用するのが触媒の成り立ちだ。使えて不自然ではないが…体外に出た血を利用するのは確かに魔術めいてるな…」


「ハルトが知らないなら、初めての観測じゃない?まさか…メルルの血魔法を見て学習したとは言わないよね?」


 塹壕の中で俺らは動揺しながらも言葉を交わす。人が魔法を使う際には言葉を利用したり、魔力を操作することで魔法を発現するが、魔物は産まれながらにして知恵がなくとも魔法を使うことができる。それは魔物の体には魔法を発現するための回路が組み込まれているためであり、いわば体に天然の魔道具が備わっているようなものだ。それこそ、回路の中には人には困難な魔法を容易く行使する物も存在するため、人々は魔物の素材を触媒として利用しているのだ。


 風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンの血液がどのような触媒になるかは知識がないが、少なくとも風属性であることは間違いない。そして、その答えは直ぐにでも知ることになるだろう。俺らが塹壕に飛び込んでから数秒もしないうちに王種の魔法が完成し、解放されるように周囲に王種の魔力場満ちた。


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