第593話 瓦礫の上の攻防

◇瓦礫の上の攻防◇


「今が稼ぎ時ですわ!思う存分攻撃いたしますわよ!!」


 タルテが作り出した瓦礫の山を踏みしめながら、ナナやメルル、タルテが一方的に王種に向かって斬りつける。砕かれた足場は不安定では有るが、細かく砕かれているためちょっと大き目の砂利のようなものだ。山での戦闘に慣れた狩人ならばそこまで気にするほどのものではない。


 そしてその多量の瓦礫が王種の下半身を埋めてくれているため、厄介な尾の攻撃や体当たりなども封じてくれている。頭部はいまだに自由なので噛み付きや吐炎には注意が必要なのだが、むしろその頭部こそが弱点でもあるため、彼女達はその危険に飛び込むように一斉に頭の周囲を切りつける。


「…硬いですわね。ナナはこれを斬り付けたんですの…!?」


「ううん。さっきより硬くなってる。…もしかしたらまだ変質が進んでるのかもしれない…」


 しかし、王種もただでやられるわけではない。瓦礫ごと削り取るようにその牙で彼女達に攻撃を仕掛け、竜鱗の丈夫な頭部で剣ごと彼女達を吹き飛ばそうと暴れている。それでも彼女達は隙を縫うように的確に攻撃を仕掛け、着実に細かな傷を竜種の体に刻んでゆく。


 それでも余りの竜鱗の硬さにメルルが文句を呟く。王種の異常に発達した鱗は飛竜ワイバーンの進化の系譜を逆行しているようで、今の時代の亜竜と揶揄される飛竜ワイバーンとは完全に別のものだ。それこそ古い時代に多かったと聞く強靭な飛竜ワイバーン種を髣髴とさせる。彼らは彼らで今の時代に繁栄している飛竜ワイバーン程、飛行が得意ではなかったのだが、その強さは竜の名に相応しいものであったと言われている。


「もう古代種と思ったほうがいいかもな。…魔境やダンジョンには未だに古代種がいるらしいが…こんな所でお目にかかれるとはな」


「へぇ。確かにこの強さは…前に戦った鎧竜を思い出すね…」


 俺とナナが剣戟を繰り出しながらも、王種の頑強さに感嘆するような言葉を漏らす。確かに王種の生物としての強さは俺らが竜狩りの証を与えられた際に狩った鎧竜に迫るものがある。流石に竜種の中でも強いといわれる鎧竜の方がまだ格が高いだろうが、あの鎧竜は豊富な人員と入念な準備を重ねて狩ったのだ。王種にたった四人で挑んでいる現状のほうがよっぽど難易度が高いだろう。


 だが城壁と縄で鎧竜の動きを制限したように、タルテが同じ役割を土魔法で適えてくれている。タルテは王種に殴りかかるのではなく、奴がこの瓦礫の穴から抜け出さないように魔力を地中に向かって流し込んでくれているのだ。タルテの土魔法で操られた瓦礫は互いに密着し、まるでアスファルトのように固まってくれている。


「もう…!大人しくしてください…!足場が崩れたら危ないでしょう…!!乱暴な竜ですね…!」


「その通りですわね!もう少しじっとしてくださらないと斬り難くてしょうがないですわ!!」


 しかし、それでも限界はあるのだろう。タルテは文句を言うように王種に向かって叫ぶ。自分と相手の中間地点までなら確実な魔法制御が適うと言われているが、それは人対人の話であり、竜のような強力な魔力を宿す存在はそれだけで周囲の魔法を阻害してしまう。


 だからこそ、王種を埋めている瓦礫を固めようにも、その魔力に妨害されてしまっているのだ。むしろ、一人でこの巨体を一時的にでも封じ込めている彼女の魔力強度が異様なのだ。


 そしてタルテと同じように王種に向かって文句を呟いている。彼女は剣と円盾、そして自身の血液と魔金オリハルコンの欠片を組み合わせて回転ノコギリを作り出しているのだが、しっかりと切断するにはチェンソーがそうするように回転する刃を押し付けなければならない。しかし王種が暴れるものだから、それこそハンマーのように回転ノコギリを叩きつけるようにしか使えていない。


 そして満足に攻撃できていないのは俺も同様である。奴がひっきりなしに風魔法を構築するため、俺はその妨害のために手を割かれてしまっている。唯一、着実にダメージを稼いでいるのはナナであるが、彼女も風魔法に妨害されるため自慢の火魔法を使えずにいるのだ。


「気をつけろタルテ!このトカゲ…タルテが瓦礫を固めていることに気付いてるぞ!」


「タルテに仕掛けるなら…私が受けて立ちますわよ!細切れになりなさい!」


 だが、風魔法を阻止するために周囲に気を配っているからこそ、王種の僅かな視線の変化に気付くこともできた。俺は王種の視線がタルテに向かっていることに気が付き、警戒を促すために声を掛けた。


 そしてタルテに向かう王種の顎を逸らすように、メルルが回転ノコギリをその頭に叩きつける。王種の頭角とメルルの回転ノコギリが触れあい、眩しいほどの火花が宙に舞う。その鍔迫り合いのような様相はそれこそメルルが求めていた状態ではあるが、余りにも王種の力が強く、メルルは踵の後を地面に刻みながら後退してしまう。


「メルルさん…!大丈夫ですか…!?」


「問題…っ…ないですわ!この程度、私でも押し返せます!」


 メルルの刃が竜鱗を削り、接触部からも血飛沫が舞う。庇われたタルテが心配そうにメルルに声を掛けるが、彼女は返り血をその身に浴びながらメルルが不適に笑ってみせる。しかし、彼女の体を赤く染めているのは返り血のせいだけではない。俺に血液で擬似的に竜鎧を纏わせたときのように、自身の血で外骨格を形成しているのだ。


 豊穣の一族のタルテや魔法により身体強化を施したナナには及ばないが、吸血鬼である彼女も人種の中では格段の膂力を誇る存在だ。吸血鬼は体内を流れる自身の血を操作することで、擬似的に身体強化を施すことができるが、今の彼女はそれを更に外骨格で補強している。


「メルル!そのまま動かないで!きついのお見舞いするよ!」


「こっちも仕掛ける!合わせるぞ!」


 そしてメルルと拮抗するということは、こちらへの注意が疎かになるということである。さっきまではしつこいほどに発動していた風魔法がなりを潜め、俺が攻撃する隙が生まれたのだ。俺とナナは呼吸を合わせるようにして、メルルとタルテに牙をむく王種の頭部へと駆け寄った。


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