第592話 巨大な奴は足元から
◇巨大な奴は足元から◇
「咆哮で風魔法が…。竜なりの呪文というより、まるで歌唱魔法のようですわね」
唐突に出現した複数の竜巻を睨みながら、メルルがそう呟いた。歌唱魔法とは音程を呪文に付与することでより複雑な意味を込める手法であり、通常の詠唱よりも規模が大きく複雑な魔法を構築することが可能となる。
王種の咆哮はとても歌唱とは思えぬ野蛮なものではあったのだが、その咆哮が齎した魔法の規模をみて、歌唱魔法のように特別な詠唱をしたように思えたのだろう。事実、魔物の中には人の声帯では発音できない音を出すことで特殊な魔法を操るものも存在し、その代表的な存在が龍だ。目の前の王種は飛竜ではあるものの、種族としての限界を極めているような存在であるため、特殊な咆哮で魔法を発現してもおかしくはない。
「こいつ…絶対俺を封殺するために風魔法を使ってるぞ!妙に頭が回りやがる!」
四方から竜巻が迫ってくるため、必然的に俺は広範囲を駆け抜けながらその竜巻を消して回る羽目になる。大方、俺が最初に竜巻を消して見せたことと、俺らが互いに庇うように立ち回る姿をみて学習したのだろう。
そして、王種からしてみれば自身の風魔法の妨害をする俺は厄介な存在だが、残る三人は気をつけていれば十分に対処可能な存在だ。ナナには深手を負わされたものの、火魔法は風で簡単に押し返すことが可能であり、メルルの水魔法による遠距離攻撃もそこまで脅威ではない。タルテの用いる土魔法は中々の威力があるものの、俺がよくするように風で起動を読めば龍鱗の頑丈な箇所で受け止めることも可能だ。
そして最後に警戒するべきは三人の武器による近接攻撃だが、巨体を持つ彼からすれば、それも急所を晒さぬように立ち回れば十分に圧倒することができるだろう。だからこそ奴は俺らを懐に入れぬように魔法で牽制し、隙ができたところをその翼脚や尾で攻撃してくるなど、賢く立ち回っている。
「むむむ…!ならば…私が受けて立ちます…!その余裕…打ち砕いてやりますよ…!」
「何か考えがあるのですね。…いいですわ。やってしまいなさい」
攻めあぐねる俺らを背に庇うようにタルテがそう言いながら一歩前に出た。自分の足と地面を土魔法で接着しているのか、荒れ狂う風の中でも彼女の足取りは確りとしたもので、一歩一歩着実に王種へと近づいていく。
俺が皆に向かう竜巻を消して回っているように、ナナとメルルもタルテを庇うように動く。王種がタルテの接近を警戒して再び尾を薙ぎ払うが、メルルがスロープのような氷柱を作り出し、尾がタルテの頭上を掠めるように逸らしてみせる。
そして尾を振り払った隙にナナが一気に駆け寄り王種に剣戟を振るう。風に妨害され太刀筋は乱れてしまっているが、それでも長大な刃渡りの
「三百の崩壊よ…唯一つの終末を指し示せ…!愛が不滅なれば…
その隙にタルテは魔法を構築する。彼女が強かに地面を穿てば、鈍い振動と共に一面にひび割れが走る。そして、僅かに遅れるようにしてヒビの入った地面が破片となって宙に跳ね上がってゆく。それこそ、崩壊が波となって王種に向かって押し寄せたのだ。
「ああっ…!?ナナさん…!離れてください…!そこにいたら落ちちゃいますよ…!!」
「ちょっと何これっ!?大丈夫なの!?…落ちるってどこに!?」
タルテの掛け声に、ナナは王種との戦闘を取りやめてその場から勢い良く飛びのいた。王種もその崩壊の波を警戒して飛立とうとしたのだが、その強靭な脚に力を込めた途端に足元の地面が深く沈下し多々良を踏んだようによろめいてしまう。
「そのまま落ちてください…!
その足元が揺らいでしまっては、強靭な肉体を持つ王種でも自由に体を動かすことができない。それでも風魔法を用いればある程度の姿勢制御も可能なのだろうが、それを許すまいと直ぐにタルテが魔法で追撃をする。
跳ね上がった石舞台の破片はタルテの右腕に集まり巨大な腕を形成し、彼女はそれをそのまま上空から倒れこむように王種に向かって叩きつけたのだ。単純な質量攻撃だが、その衝撃は凄まじく、足元が埋まりつつあった王種をより深くまで落とし込む。
「…随分と豪快にやったな。流石に全部をタルテが構築した訳じゃないよな…?」
王種を飲み込んだのは巨大な落とし穴…というよりは蟻地獄といってよいだろう。そこでは体の半身を瓦礫に飲み込まれた王種が抜け出そうともがいていた。それこそ位置によっては城崩しすら容易に行える規模の魔法を見て、俺は思わずタルテに尋ねかける。
「えへへ…。さっきメルルさんの言っている地下水路を探したときに…、大きな地下空間があるのを見つけたんです…!」
「下にも遺跡が続いていたようですわね。いくつか壁画や石像らしき破片が混じっていますわ」
どうやら彼女は再び歴史的建造物を破壊せしめたらしい。竜讃信仰の神殿であるため龍たる彼女が自由にするのは有る意味では正しいのかもしれないが、あとでこの惨状を見たメイバル男爵がなんと言うか気になってしまう。
「ほら、話してないで攻め時だよ!タルテちゃん、この足場は乗っても大丈夫!?」
「乗っても大丈夫ですが…気をつけてくださいね…!竜が暴れれば崩れる可能性もあります…!」
タルテの回答を聞いて、一度は退避してきたナナが再び王種に向かって駆け寄っていく。下半身が埋まった王種はもがくので精一杯で満足に動くことができず、更にはそのおかげで高い位置にあった頭が剣の届く位置にまで下りてきているのだ。
俺らも彼女に続くように即座に王種に駆け寄っていく。王種は抵抗するように再び風を吹かせ始めるが、先ほどのお返しをするように俺がそれを妨害する。死に体となった王種の体に向かって、一斉に彼女達の攻撃が叩き込まれた。
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