第591話 風を統べる竜

◇風を統べる竜◇


「おまっ!?それは俺の技だろうっ!?」


 風によって巨体を一瞬で加速させて王種の牙が迫る。その技は俺が好んで使う、肉体の頑強さに物を言わせて炸裂する風を浴びて加速するものだ。俺とは比較にならないほどの巨体では有るが、その翼に風を受けることで俺に迫るほどの加速度を生んでいる。


 それこそ俺が急加速するよりも巨大な王種が急加速する様子は、こちらの予想を超えてくることもあって更に早く感じてしまうだろう。それでも、俺との組み手で急加速する相手には慣れているのか、皆は散開するように一斉にその場から飛びのいた。


「なんか風も強くなってない!?…もう!まともに炎が出せないよ!」


「ナナ!攻撃もいいですけど…直ぐに追撃が来ますわ!」


 ガチンという音を立て王種の顎が空を噛む。全員がその噛み付き攻撃を避けることができたが、攻撃はそれで終わりではない。今度は奴の翼脚がそのまま範囲攻撃の如く振り払われた。全体を薙ぐようなその攻撃は逃げ道が殆ど存在しないため、俺は近場にいたナナを抱きかかえるとそのまま上空に舞い上がった。


「こちらは大丈夫ですわ!そのまま攻撃に移ってくださいまし!」


 即座にメルルとタルテは問題ないかと視線を向けるが、メルルから問題ないとの声が先に届く。通常ならばそのまま吹き飛ばされてしまいそうな攻撃ではあるが、タルテは足元に穴を開けることで退避し、メルルは体に水球を纏い流動させることで、受け流すようにして攻撃をかわしてみせた。


「ナナ!このまま飛ばすぞ!準備はいいか!?」


「任せて!炎の力はまだ宿ってるよ!」


 俺はそのまま風魔法で宙を蹴るように飛び上がると、抱えたナナを王種の頭上で解放する。ナナはその高さにも臆することなく、上段に構えた波刃剣フランベルジュを王種の頭目掛けて振り下ろした。


 しかし、王種の反応も早い。落下してくるナナに気が付くと、片側に残った角で刺し貫くように反撃をしてくる。先ほどナナに似たような攻撃で痛手を負わされたばかりだというのに、王種に臆する様子はない。それどころか、挑戦するかのように積極的に攻撃を返して来たのだ。


 剣と角が交わり硬質的な音が響く。やはり変質によって強化されているのか、容易く切断した片側の角とは違い、その角はナナの剣を受け止めて見せたのだ。そして、後は体重差が物を言う。鍔迫り合いのような姿勢になったナナを、王種はそのまま首の力だけで弾き飛ばす。


 ナナはその力に身を任せるように宙をくるくると回りながら放物線を描くように飛んでいく。俺はそのまま彼女を追うように風を吹かせると、宙を飛んでいく彼女をキャッチした。


「…駄目だね。頭周辺は相当硬くなってるみたい」


「狙うなら…腹下か?喉下辺りも鱗は薄そうだが…」


 弾き飛ばされたものの大したダメージはなかったようで、ナナは即座に自分の感じた王種の情報を俺に伝えてくれる。だが、暢気に作戦会議をしている暇はない。宙を舞う俺らを捕食しようと王種が再び口を開いたからだ。


「させませんよ…!この距離なら…確実に届きます…!」


 でかくて早い。説明不要な強さが俺らを磨り潰そうと更なる追い討ちを仕掛けてくる。それを阻止しようとタルテが石柱を引き抜くと、それをそのまま王種の顔目掛けて投擲する。重量物には重量物をぶつけるんだよと示すようにタルテの質量攻撃が、俺らに向かう顎を跳ね飛ばした。


「あまり近づくのは得策ではありませんね。…かといって遠距離攻撃ではあの風が邪魔ですわ」


 タルテの攻撃に続くようにメルルも水魔法を放つ。他の飛竜ワイバーンを拘束した過冷却水の攻撃ではあるが、残念ながら王種の纏う風の鎧により、着弾する前に氷結してしまっている。それでも大量に放たれる氷のしぶきが王種に降りかかっているが、流石にトカゲのように体温低下で活動能力が落ちることは期待できない。


 だが、その攻撃に込められた魔力を感じ取ったのだろう。メルルも警戒に値する存在と認知したように王種が彼女に向かって吼えた。そして今度は攻撃を仕掛けてきたタルテとメルルを襲うつもりなのか、石畳を割りながら彼女達にその巨体を向けるように移動する。


「何よそ見してんだよ!俺がいることも忘れんなよ!」


 俺はナナを地上に下ろすと、即座に駆け出してこちらに背中を向けた王種に仕掛ける。奴の纏う風の鎧に隙間を作りながら、比較的鱗が薄いであろう翼脚の付け根付近に剣を叩き込む。


 致命傷には程遠い小さな傷ではあるが、それでも鱗を絶ち血潮が傷口から流れ落ちる。そして、そのおかげかメルルとタルテに向かっていた王種の注意が俺のほうに向かう。だがそれは同時に再びタルテとメルルに攻撃のチャンスが巡って来たという事だ。


 一人が狩猟対象の注目を集め、他の者がその隙に攻撃を加える。大物狩りの定石をなぞりながら、俺らは順番に王種に向かって攻撃を仕掛けてゆく。積み重なる攻撃は着実に王種に傷を増やして入るのだが、それでも奴の巨体を考えれば微々たるものだ。


「…!?薙ぎ払いが来るぞ!全員距離を開けろォ!」


 それに敵も馬鹿ではない。俺らの戦法を理解したのか、全面を薙ぎ払う様に大きく尾を振り払った。そして、こちらが攻める隙を潰すかのように、複数の竜巻を顕現させて広範囲を削り取っていく。そのため、いつの間にか戦況は手数と手数の競い合いのような状況に推移してしまう。


「…このままじゃ埒が明かないね。どうにかして直接攻撃できればいいんだけれども…」


「ですがあの風の鎧をどうにかしないと近づけませんわ。ハルト様は飽和攻撃を捌くので手一杯ですし…」


 膠着し始めた戦況にナナとメルルが言葉を漏らす。敵が風属性ということで、本来ならば俺がどうにかして敵の風を押さえ込めればいいのだが、メルルが言うように俺は次々に敵が作り出す竜巻を消すことに手が裂かれてしまっているのだ。


 …直前まではこちらが攻め立てていたのだが、膠着するまで戦況が戻された。それは王種が戦い方を変えてきたからであり、つまりは俺らの戦い方を見て学習をしたのだろう。飽和する攻撃に右往左往する俺らを嘲笑うかのように王種は空に吼え、共鳴した空気が再び複数の竜巻を作り出した。


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