第587話 竜は天に嗤う

◇竜は天に嗤う◇


「風が来るぞ!逸らすが完全に防げるとは思わないでくれ!」


 王種はそのまま長大な翼を羽ばたかせて、再び空に舞い戻る。空を飛ぶには余りにも巨体で先ほどの着地の振動から考えてもかなりの体重があるのだが、その翼は更に巨大で生み出す風も凄まじく、飛翔することへの説得力を俺らに与えてくれる。


 助走などを必要とすることなく一羽ばたきで王種は軽々と空に浮き、そのまま俺らの頭上を悠々と飛行し始める。そしてもちろん意味無く飛び上がっただけではない。王種の辿った空の軌跡には風属性の魔法が渦巻き、陸にいる俺らに向かって牙をむいたのだ。


 その魔法はカルマン渦…流体の中を進む物体の後方に一定間隔で発生する渦を魔法の力で増幅したものなのだろう。飛翔した奇跡に幾つもの竜巻が並び、それがまるで刺すようにして俺らのほうに迫って着たのだ。


「ハルト!煙を上げるよ!上手くあいつの魔法に巻き込んで!」


「助かる!…単なる風魔法とは思うなよ!竜種のそれは人族のそれと規模が違う!」


 王種が使う風魔法の気配を感じ取ったのだろう。ナナかすかさず近場の飛竜ワイバーンの死体に火を放つ。死にたてで十分に水分を含んだ死体は不完全燃焼を巻き起こし、多量の煙を発生させる。通常ならばその煙は戦闘の邪魔になるのだが、相手が風魔法を使うのならば別の話だ。


 俺はナナの発生させた煙を操作し、王種の放った風魔法に流入させる。煙によって色ずくことで奴の風魔法を可視化させたのだ。だが、同時に可視化することで奴の放った魔法の凶悪さも一目でわかるようになり、周囲で他の飛竜ワイバーンを相手取っている狩人達からも思わず悲鳴が上がった。


 空からは人の胴体ほどの竜巻が幾つも地上に伸び、それが掘削機にように石舞台を削り始めたのだ。まるで空から巨大な指が伸びて地面に傷跡を刻んでいるようにも見える。その異様な光景を見て、思わず声を出してしまったのだろう。


「失敗しましたわね。飛ばれては向こうのやりたい放題ですわ。飛立つ前に阻止するべきでしたか…」


「…待ってろ。強引に作り出した風の流れなら解くのも簡単だ。確かに暴力的な風だが…少し強引なんだよ」


 俺が逸らすように風を操っているが、広範囲をえぐる様に蠢く竜巻はどうしても俺らの近場を掠めてゆく。その風の威力を目の当たりにして、メルルが腕で目元を庇いながらそう言葉を漏らした。


 風魔法は殺傷能力が低いが、規模の大きな魔法には殺傷能力のあるものも存在する。言ってしまえば、同じ魔力量や構成難易度の魔法を他の属性と比較したときに殺傷能力に劣っているのであって、十分な魔力量や魔力強度があれば殺傷能力を持たせることもできるのだ。


 そして竜種はそのどちらもが他の生物よりも秀でている存在だ。だからこそ、奴の放つ風魔法は人種の放つ風魔法を軽々と上回る威力を示してみせている。俺はその暴風を感じながら、芽生えた対抗心に従うように剣を構えた。


「風はな…流れなんだよ。強引にその流れを捻じ曲げると別の場所に齟齬が出る。あまり乱暴なのは感心しないな」


 ナナが飛竜ワイバーンの吐炎をそうしたように、俺は双剣を構えてそれを竜巻に翳してみせる。渦巻く風は俺すらも巻き取り粉砕しようとするが、俺も同じ速度で舞えばそれは静止しているに等しい。相対速度を零にすれば世界は静止するのだ。


 風に逆らわず、自身を風に乗せ、それでいて周囲の風を次第に俺の流れに乗せる。この石舞台の上でさながら神楽を舞うように剣舞を踊り、風の暴威を鎮めてゆく。時間にして数秒にも満たないのだろうが、剣舞を終えた俺は剣を翳すように宙から地へと舞い降りる。そして同時に暴威を振るっていた風も解けるように霧散した。


「おおお…!ハルトさん…!竜讃の巫女みたいです…!」


 踊り終えた俺にタルテが竜鎧を打ち鳴らしながら拍手をする。竜鎧にも受けが良かったようで、グルグルと喉を鳴らすような音も彼女の鎧から響いてきた。


「なんだかハルトが丁寧に風を紡ぐのは珍しいね。…いつもは乱暴な風をぶつける側だし…」


「なんでだよ。俺の魔法はいつだって丁寧だろ」


 魔法が乱暴だと、俺が父さんに散々言われたお小言をナナが口にする。繊細な魔法を構築するのが面倒なだけであって、俺だって丁寧な魔法は使えるのだ。


「おぅい!風魔法は流石だが、今はそれどころじゃないぞ!このままじゃ一方的に攻撃されるだけだ!」


 踊り終えた俺に向かってギルド長の声がかかる。彼の言うとおり、王種の攻撃は凌いでみせたものの、こちらも攻撃を加えなければ戦況は変わらない。向こうも風魔法を打ち消されたことを警戒しているのか直接的に攻撃してくる気配を見せない。体はでかいのにどうやら随分と慎重な性格のようだ。


 ギルド長が牽制代わりに奴に向けて大矢を放つが、案の定風の壁にそらされて明後日の方向に飛んでいってしまう。続くようにタルテが石杭を投擲するが、流石に彼女の膂力でも天高く舞う王種に迫る頃には勢いも死んでしまっている。奴は軽く身を翻すだけで、その石杭を避けて見せた。


 そしてタルテの中に龍を感じたのか、空を舞う王種はタルテに向けてあざ笑うように吼えてみせた。


「むぅぅぅ…!見ました…!?あの飛竜ワイバーン…!私のことを嗤いましたよ…!」


 人には解らぬ挑発だが、タルテには通じたらしい。彼女は空を指差し悔しそうに地団駄を踏む。王種に嗤われたタルテだが、王種に目を付けられたのは彼女だけではない。先ほどの風魔法を解いて見せた俺と、最初に火魔法を食らわせたナナにも挑発的な視線を向ける。


 ナナが火魔法を放つ瞬間は見てはいないはずなのだが、風でこちらの動きをある程度は察知したのかもしれない。そして奴は口元に火炎を蓄える。それは奴なりのナナへの挑戦状なのだろう。あえて奴にとって得意で、尚且つ火魔法使いの弱点である風魔法を使うのではなく、自身の炎を用いてメルルに挑もうというのだ。


 こちらの対空攻撃をある程度把握した王種の風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンは一気に高度を落とし、ナナに向けて口元に溢れる炎を一息で吐き出した。


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