第586話 飛んで火に入る夏の竜
◇飛んで火に入る夏の竜◇
「この中には居ません…!向こう…!向こうから…凄い勢いで飛んできています…!!」
タルテが慌てながら一方を指差してそう叫んだ。彼女の指差す空には王種らしきものの影は見当たらないが、俺は彼女の言葉を聞いて反射的に索敵するために風を送り込んだ。夏風のごとく颯爽と駆け抜ける俺の風は、そこに存在する物体を撫でるように確認する。
だが視覚による情報と一致するように、青い空には群の一員と思わしき
「タルテ?…別に何も見当たらないんだが…」
「ハルトさん…!下です…下から来てるんです…!森の真上を調べてください…!」
凄い勢いで飛んでくると聞いてもしやまだ俺の感知範囲外にいるのかと疑ったが、タルテは未だに慌てて俺に方向を指示している。タルテの放った言葉を聞いて気が付いたが、彼女は空ではなくそれこそ森の梢の上を指差している。
俺は即座に風を再び放つ。今度は空ではなく森に犇く木々を確認するように吹かせて見せれば、不可解な風の流れを感じ取った。どこかそこだけ解像度が落ちるような…、あえて表現するならば周囲の風景とズレが生じてると言ってもいいだろう。
俺は思わず舌打ちをする。この感覚は何回も味わったことがあるからだ。幼少の頃から始まった風魔法の訓練では、俺も同じ手法を父さんから教わったし、同じくその手法を用いる者に相対したときのために、その違和感に気付けるようにも忠告された。
「普通の風魔法使いなら騙せるだろうが…俺は見破ったぞ…!ナナ!火魔法の準備をしてくれ!」
「了解!方向はタルテちゃんの指差してるほうでいいんだよね!?」
「皆様は距離を置いてくださいまし!巻き込まれますわよ!」
ナナやメルルが魔法の補助として魔物の素材を触媒として用いるのは、魔物によっては人よりも高度な魔法を生来の機能として備えているからだ。だからこそ、風魔法による探知を騙すような魔法を使えてもおかしくはないのだが、その魔法の高度さよりも他者を騙すという行為をとることに驚いてしまう。低空飛行でこちらに迫っているのもこちらに存在を感知されないようにするための知恵なのだろう。
だが、だからこそ向こうも俺らにばれていないと高を括ってくれるだろう。俺らに対して不意打ちを仕掛けるその瞬間こそが、最も相手の不意をつきやすい。俺は奴だ飛び出してくるタイミングに合わせて、ナナに向かって合図を出した。
「来たぞ!王種だ!お前らは下がってろよ!こいつは生半可な腕前じゃ太刀打ちできん!」
ナナが魔法を放つ瞬間、奴の姿が俺らの目にも露になる。
古傷の重なった分厚い鱗は刺々しくささくれ立ち、年齢の高さを示すかのように色褪せている。そして頭部には王種と示すかのように捩れた螺旋状の角が生えており、その角の付け根にある目元には、一際大きな古傷が刻まれていた。
間違いなく歴戦の個体であろう。姿を隠して接近するという知恵に加え、その巨体と頑丈そうな骨格は流石に脆い他の
「とりあえずこんにちわだ!狩人流の挨拶を食らってくれよな!」
だが、その王種が最初に
青い空が一瞬、緋色に染まる。爆ぜた炎弾は広範囲に爆風を撒き散らし、その風に思わず皆が目を細めた。
「…やったか?」
「いや、直前に分厚い風壁を張られた。流石に無傷とはいかないだろうが…」
ギルド長が空を焦がす炎を見てそう呟くが、残念ながら俺の風には手ごたえがなかった。そして、俺が言葉を吐き出した次の瞬間、ナナの炎を吹き飛ばすように強烈な嵐がそこに顕現した。
「オァァアアアアアアアアア!!」
「ガァアアアアアアアアア!!!」
風と共にその巨大な翼を空へと広げて王種が天高らかに咆哮する。そしてその咆哮に呼応するようにタルテの竜鎧が吼え返す。初撃をメルルの魔法で潰された王種は、そのまま舞い降りるように石舞台に着地する。余りの重量にそれだけで石舞台はひび割れ、地震が起きたように俺らの足元を揺らした。
王種の顔の半面は焦げて煙を燻らせてはいるものの、焼いたのは竜鱗の表面程度だろう。顔の半面が焦げた事で、奴の金色の瞳がより強調されて光を放っているようにすら見える。その瞳をギョロリと動かし、恨みがましい表情で俺らを睥睨する。
「金眼かよ…。こりゃ少し骨が折れそうだな…」
金色の目をした魔物は強い。学術的な証明は成されていないのだが、狩人に伝わる逸話を口にしながらギルド長がその王種を見据えていた。空を飛ぶ
「あぁ…。ちょっと火力が足りなかったみたいだね。やっぱり風を使う魔物は相性が悪いなぁ…」
「やるしかないようですわね。なぜだか知りませんが、向こうは怒り心頭といった様子ですわ」
「こっちも準備万端ですよ…!いざ…竜狩りです…!」
だが王種の迫力に呑まれることはなく、ナナ、メルル、タルテは意気揚々とした声を上げた。その声はどこか逸る気持ちを押し込めているようであり、奴の放つ渦巻く風にも真っ向から相対してそのヤル気を示している。
竜狩りは狩人の誉れなのだ。いま燃えぬような者なら狩人ではないと言いたげに、彼女達は各々の武器を王種の顔面に構えてみせた。
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