第584話 誉れの稼ぎ時

◇誉れの稼ぎ時◇


「ああもう!うるさいですわね!この石舞台をアリーナと勘違いしているのではありませんか?」


 空からの降り注ぐ騒々しい飛竜ワイバーンの声に、思わずメルルが顔を顰めながらそう言葉を放った。しかし、騒がしい声程度に文句を言えるのも今だけだろう。次の瞬間には一斉に空に漂う群れが、俺らに向かって襲い掛かってきたのだ。


 先ほどタルテを襲ったように、上空から滑空するように近づいては足に備えた鋭利な爪で俺らを引き裂こうと急襲してくる。中には翼を仰ぐことで強風を発生させたり、上空から火を吐いて一方的に攻撃してくる個体もいる。


「みなさんやる気ですね…!負けてられませんよ…!」


「こうなるのは予想できたが…ちょっと忙しすぎるな!!」


 天候が竜へと変わったように、ひっきりなしに飛竜ワイバーンが空から襲ってくる。竜災とはこういうものだと俺らに教えるように、息継ぎすらままならない天と地を舞台にした乱闘騒ぎが始まったのだ。だが、流石に天から降りてくる向こうのほうが勢いに勝る。それでも俺らは石舞台の上を縦横無尽に駆け回り、飛竜ワイバーン達と切り結んでゆく。


 風で吹き飛ばせぬほどに血の匂いが周囲に満ち、更には吐炎が焦がすタンパク質の匂いも加わった。互いにその息は荒いものの、この騒乱はまだ始まったばかりだ。心拍が気合を入れるように四肢に血流を送り込む音が聞こえるようだ。


「おいおいおい。新しいタイプの地獄か!?…というか何でお前らが先に居るんだよ!」


 そんな声が俺らの元に届く。台詞自体は平時の言葉遣いだが、乱闘をする俺らにも聞こえるように、半ば叫び声に近い大声だ。俺らは飛竜ワイバーンを相手取りながらも、視界の端でその声の主を確認した。


 …その声の主が直ぐに誰なのかを気付くことができなかった。なぜならば、以前見たときと違って彼は服を着ていたからだ。


「ギルド長さん…!戦いですよ…!飛び入り参加も構いません…!」


「ハルト!援軍も到着したみたい!ちょっと説明してきちゃうね!」


 ギルド長を先頭にして、この祭祀場に向かっていた狩人達が姿を現したのだ。彼らはこの場所に人質に囚われたベルとタックがいると聞いていたため、まさか俺らが飛竜ワイバーンの群れと戦っているとは想像もしなかったのだろう。どこか混乱しながら現状を把握しようと周囲を見渡している。


 彼らにナナが駆け寄って、身振り手振りを合わせながらこれまでの状況を手早く説明する。ベルとチックが無事と効いて安堵する気配もあるが、相手取る存在がアントルドンから飛竜ワイバーンの群れに変わったと聞いて微妙な顔を浮かべている。魔物相手のほうが気は楽なのだろうが、その魔物が飛竜ワイバーンともなれば話が違ってくる。専用の装備などの準備がなければ難しい相手に狩人達は軽く尻込みをしている。


「ワ、飛竜ワイバーンかよ…。悪いが俺は狩ったことがねぇんだ…」


「バリスタなしでいけるのか?剣しか持ってきてないぞ?」


 既に俺らが飛竜ワイバーンと切り結んで、現状がギルド長の表現したように地獄めいた光景になりつつあることも、彼らに遠慮させる理由になっているのだろう。だが、背後に居る狩人達を一瞥した後、挑発するように笑みを浮かべながらギルド長が一歩前に出た。


「なんでぇ。情けない奴らだな。こんな祭りに参加しないつもりか?」


 ギルド長は愛用している大弓を取り出すと、矢を番えて凶悪な笑みを浮かべてみせた。その笑顔を目にした狩人達は、竜撃ちだの鷹の目だの幾つかの異名を呟いた。


「いいじゃねぇか!こんなチャンス中々ないぞ!うはははははは!竜に挑むは、狩人の誉れよな!!鷹の目と呼ばれた一矢を見せてやるよ!!」


 天空で鳴き叫ぶ飛竜ワイバーンに負けぬ声量で、ギルド長が吼えてみせた。そして、ほんの僅かな静寂のあと、彼の引き絞られた弓からは長大な大矢が放たれた。天を割くような一矢は、風を味方につけて高速で目的に飛来する。空を泳ぐ風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンといえども避けきれるような物ではなく、とりわけ大きな個体の胴体に深々と突き立った。


「ギ、ギルド長…服が…!」


「これでいいんだよ!せっかくかみさんが編んでくれた防刃服だが、竜を落とすにゃ丁度いいだろ」


 同時にギルド長がデフォルトの姿に変質してゆく。大矢の鏃には彼の着ている着物の糸が結ばれており、矢が空を進むに合わせて次々と解けていったのだ。まるで昔のやたに遅いインターネット回線で画像を読み込んだときのように、上部から順々にギルド長の肉体が露になってゆく。彼は自身の服から伸びる糸を掴みとると、周囲の狩人に向けて声を掛けた。


「おら!引き落とすぞ!…全盛期なら一矢だけで打ち落とせたんだが…衰えたなぁ」


「知りませんよ…後で怒られても。それこそ…そろそろ愛想尽かされるんじゃぁ…」


「うっ…。だ、だがよ。現役時代はこんな風にあいつの糸を使ってたんだぞ…?」


 ギルド長の声に従って、すぐさま天対地の綱引きが始まった。だが、風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンの方は傷口に突き立った矢を引かれていることもあって、すぐさま大地に向けて引き摺り下ろされるように墜落した。


 糸といえど寄り合わされるため毛糸ほどの太さはあるが、それでも飛竜ワイバーンとの綱引きに耐えられる糸などめったに存在しない。奥方の機嫌を損ねると聞いてギルド長は顔色を悪くしているが、その話を聞く限りギルド長の奥さんは蜘蛛人種アラクネリアン蛾人種モルフォニアンなのだろう。両者の作る糸はとりわけ強力であるため、竜種といえども断ち切ることは中々に困難だ。


「そういう恐ろしいことは後回しだ!今はさっさと剣を振るえ!」


 どこか祭りで日ごろの悩みを投げ出す者のように、ギルド長は狩人に引きずり落とした飛竜ワイバーンを仕留めろと声を飛ばす。流石に狩人達も覚悟を決めたのか、剣を鞘から抜き払うと一斉に墜落した飛竜ワイバーンに向かって殺到した。


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