第583話 竜よ龍よ天よ地よ

◇竜よ龍よ天よ地よ◇


「皆様!後始末はよろしくお願いしますわ!流石に天地同時は骨が折れましてよ」


 複数体の飛竜ワイバーンを墜落させてみせたメルルは、どこか得意気な様子でそう叫んだ。未だに発射されるメルルの魔法によって上空の飛竜ワイバーン達は混乱している。その隙を逃さないようにと、ナナとタルテはメルルに言われるがまま墜落した飛竜ワイバーンに駆け寄った。


 俺も遅れまいと彼女達に続く。氷に塗れその重量により墜落したとはいえ、飛竜ワイバーン達は絶命したわけではない。体を覆う氷を砕くように身悶えながらも、接近する俺らに吼えてみせた。


「見てのとおり鱗はそこまで厚くない。簡単にとは言わないが十分に貫けるはずだ!風の防壁には注意してくれ!」


 俺は指示を飛ばしながらも目の前に横たわる飛竜ワイバーンに切りかかる。風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンは空気抵抗を減らすため、…所謂乱流の発生を抑える目的なのだろう、その鱗は竜鱗というよりは蛇種のそれに近い。もちろん脚部や翼脚、顔や首周りなどの戦闘に用いる箇所の鱗はささくれ立ったように頑丈な鱗が並んでいるのだが、それ以外の場所は脆いのだ。


 叩っ斬るように打ち付けた俺の剣は容易に飛竜ワイバーンの鱗を切断し、そのまま抜ききる際に振り抜くことで、より深くまで飛竜ワイバーンの肉体を斬り付けた。


 首もとのの致命的な箇所を切り裂かれたことで飛竜ワイバーンが断末魔を上げる。その声に反応するように、直ぐそばに居たもう一体の個体が俺に向けて強烈な圧縮空気をぶつけて来るが、そんなものは俺には関係ない。その風を逆に利用して追い風に変えることで、一足飛びでその個体にも肉薄し、瞬く間に切り伏せる。


「むう…!今更怯えても遅いです…!…その翼じゃもう飛べないでしょう…」


 タルテの雰囲気に畏怖する個体もいるが、吐いた唾は飲むことができない。ある意味では無慈悲に思えるタルテの拳が強かに打ちつけられる。俺の斬撃とは違い、彼女の拳の衝撃はたとえ硬い鱗を持っていたとしても防ぎきれるものではない。骨すら砕く衝撃は確実に彼らの命に到達した。


 死が間近に迫っていることに恐怖してか、あるいは氷を溶かそうとする知恵があったのか、口から炎を吐き出す個体もいる。しかし、そんな個体の前にはナナが立ちふさがり、宙を仰ぐように波刃剣フランベルジュを振ってみせる。


「気が利いている…って言うのは少し可哀想かな。でも、利用させてもらうよ」


 俺が飛竜ワイバーンの風を利用したように、ナナも飛竜ワイバーンの吐いた炎を受け取り剣に纏わせた。空気の制御を乗っ取った俺の魔法とは違い、飛竜ワイバーンの魔法で生成した炎を吸収するのは格段に高度なことではあるのだが、波刃剣フランベルジュの助けもあってナナは涼しい顔をしてそれを成している。


 そして、炎を纏った波刃剣フランベルジュの威力は破格の代物だ。たとえ炎を吐く竜種であっても、生物である限り炎に身を焼かれることは変わりはない。まるで草刈をするかのごとく簡単に、長大な刃をもつ波刃剣フランベルジュ飛竜ワイバーンの首を一刀のもとに切断してみせた。


「ああもう!避ける個体が出てきましたわ!…それに、向こうからも襲ってきそうです!」


「大丈夫です…!私が売った喧嘩です…!受けて立ちましょう…!」


 メルルが落とした個体を片っ端から仕留めて回っていたが、とうとうメルルから限界の声が発せられた。群れの密度が下がり、更には攻撃による混乱も収まってきたことで、メルルの魔法が当たらなくなってきたのだ。


 そして吼えて挑発する竜鎧を纏っているからか、最初の標的に選ばれたのはタルテだ。彼女はそれを感じ取り、まるでレスラーのように堂々と迎え撃つために仁王立ちしてみせた。


 上空から体当たりをするように飛来した飛竜ワイバーンの鋭い爪が、彼女に向かって伸びてゆく。そして、彼女の両腕と飛竜ワイバーンの爪が交わる瞬間、自動車事故のような衝撃音が響き、飛竜ワイバーンが加速のために用いていた風が一気に開放され周囲に土埃が舞った。


 誰もが見て分るほどの体重差があるために、タルテの両足は石舞台の床を割りながらゴリゴリと後退してゆく。しかし石の床が容易く破砕したのは、何も飛竜ワイバーンが突入した衝撃のせいだけではない。タルテはその絶望的な体重差を埋めるために、自身の足を土魔法で固着させていたのだ。


「…掴まえましたよ…。…今度は…!私の…!番です…!」


 飛竜ワイバーンの勢いを殺しきり、それでもなお両の足でしっかりと立つタルテの重心は非常に安定している。飛竜ワイバーンからしてみれば、まるで大地に深く根を張る大樹や、山のごとき石塊に足を着いたように感じることだろう。


 再び空に飛び上がって逃げようとしてももう遅い。彼女の足は大地に確りと固定されているし、なにより彼女の万力のような手が飛竜ワイバーンの爪を離しはしない。タルテはそのまま背負い投げをするように、力任せに飛竜ワイバーンを床へと叩きつけた。


 飛竜ワイバーンの突撃よりも激しい衝撃音を響かせ、飛竜槌ワイバーンハンマーは石舞台を叩き割った。そして彼女の攻撃はまだ終わらない。衝撃で宙を舞った巨大な岩の破片を空中で掴まえると、まるでバスケットボールのダンクシュートのように飛竜ワイバーンの頭目掛けて強かに打ちつけたのだ。


「アリウープダンク…。まさか…あの身長で、バスケの才能もあるのか…」


 前々からタルテに野球の才能があると感じていた俺は、その動きについ言葉を漏らしてしまった。スポーティーにすら感じるタルテの洗練された動きは、龍としての格の違いを俺らや宙に舞う風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンに示してみせたのだ。


 タルテの武威を感じて、俺は空を飛ぶ飛竜ワイバーンの様子を見極めようと目を細めた。しかし、俺の考えていることを察してか、タルテが同じように空を見据えながら声を掛けてきた。


「ハルトさん…!まだまだですよ…!脅威が分らないお馬鹿さんとは言いましたが…、逆に言えば…それが僅かに残った竜の意地なのかもしれません…!程度の差はあれど…竜はみんな戦いに酔うんです…!」


 タルテを恐れて逃げ帰ったり、あるいは標的を街に変更するのではないかと思ったのだが、どうやら俺の考えすぎであったらしい。タルテの言葉に同意を示すように、空では多重に重なった飛竜ワイバーン達の声が響き渡った。


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