第582話 お嬢様曰く頭が高い

◇お嬢様曰く頭が高い◇


「ハルト!もうあんまり時間が無いよ!…凄いね。続々と集まってきてるよ…」


 祭祀場の端にロスカーとヒュージルを運搬した俺に向かってナナの声がかかる。彼女の顔は威嚇するように空に向けられており、そちらを確認しなくても飛竜ワイバーンが目前に迫っていることを教えてくれた。


 そして、すぐさま耳障りな鳴き声が周囲に満ち始め、同時に俺にとっては雑音のように感じる他者の風魔法の気配が複数近づいてくる。十中八九、飛竜ワイバーンが飛行に用いる風魔法の影響だろう。それぞれの個体が発動する風魔法が群れとなることで干渉し、時にはそれが増幅され、あるいは反発することで雑音のような干渉波を発するのだ。


「タルテ。ここです。ここを壊してくださいまし。ちょうどこの下に向こうの洗礼盤?単なる水盤かは分りませんが、そこに流れる水路がありますわ」


「任せてください…!いい具合に壊しますよ…!」


 そんな飛竜ワイバーンを挑発してみせた本人は、今はメルルに引き連れられて地面を殴っている。水盤…あるいは手水鉢なのかは不明だが、そこに流れ込む水はどうやら近くの足下を流れていたらしい。水魔法使いであるメルルがそれを感知し、土魔法使いのタルテがそれに蓋をしている石材を叩き壊しているのだ。…石材の破壊には土魔法を用いていないため、土魔法使いであることは関係ないのだが…。


 そうやってタルテとメルルは文化財とも言える祭祀場の建造物を壊して回っている。オルドダナ学院に居る歴史系の教授がそれを見ようものなら憤死しそうな光景ではあるが、どの道この祭祀場はこれから戦場になるのだから無事では済みはしないだろう。


 そんな彼女達を尻目に俺は空から迫る飛竜ワイバーンを確認する。彼らは俺らの姿を確認すると祭祀場の上空を旋回し始め、襲う準備を整えている。


「…風紋飛竜ウルブルス・ワイバーン…この規模の群れとの交戦は…記録にないんじゃないか?…敵は風魔法に優れる飛竜ワイバーンだ!他の飛竜ワイバーンと比べて素早く、線は細いが筋骨も頑丈だ!尾っぽに毒はないが吐炎能力を備えている!」


 俺は迫る飛竜ワイバーンを同定し、その情報を仲間と共有する。風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンは基本的に高所を巡る飛竜ワイバーンであるため、人と戦うことになるのは群れからはぐれた個体が主となる。だからこそ、風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンが集団のときにどんな行動をとるかはあまり知られていない。


 そして飛竜ワイバーンの強みである飛行能力を十全に生かしてくる種族でもある。他の飛竜ワイバーンよりも用いる風魔法が強力であるため、それがそのまま飛行能力に直結しているのだ。


「ガァアアアアオ!!」


「グァアアアアガ!!」


 向こうも様子見をしているのだろうが、石舞台の上では風が強まっているだけで本格的な攻撃は飛んできていない 。変わりに飛竜ワイバーン達とタルテの竜鎧が牽制し合うように交互に吼える。それに伴い周囲の風はだんだんと強くなっていき、戦乱の匂いが色濃く漂い始める。


「火蓋を切れば一気に襲ってきますよ…!群れる飛竜ワイバーンは特攻好きなんです…!」


「あら、それなら私がお見舞いしましょうか。素早いなら油断しているうちに仕掛けたいのですの」


 半身といえども意識は個別に存在しているのか、吼える竜鎧を無視するようにして装着しているタルテが今の状況を俺らに説明する。その言葉を聞いてメルルが俺に許可を求めるように視線を投げかけてきた。


 敵が空を舞っているため俺が責任もって叩き落そうと考えていたのだが、なにやらメルルに考えがあるらしい。他の皆も戦う準備はできているため、俺は彼女に頷いてから言葉を返した。


「いけるか?地に落としさえすればナナがどうにかしてくれると思うが…」


「それならまかせて。むしろ飛んでる個体に攻撃するのは…ちょっとね…」


 そう言ってナナは気まずそうに目を逸らす。確かに風魔法に秀でた風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンに火魔法の相性は悪いが、なにも彼女は飛んでいる者に対して攻撃手段が無い訳ではない。


 …単に当てられる自信がないのだろう。魔法の制御は得意なのだが、狙った的に当てるという魔法とは関係ない制御能力が相変わらずなのだ。…むしろ精霊化を成せるほど魔力制御が上手いのに、なぜノーコンなのかと問いただしたい。


「ふふ。では始末はナナとタルテに任せますわよ。落とせる限り片っ端から落としていきますわ!」


「任せてください…!鎧ちゃんもヤル気ですよ…!」


 メルルが火蓋を切る気配を見せたからか、タルテの言葉に合わせて竜鎧も一際大きく吼える。その咆哮の裏で、透き通った声でメルルが魔法を唱え始めた。


「死肉の泥濘、愛は眠りに落ちてしまう…。私の想いが静かに涙を流す間に…。重い重い水グラヴィスアクア…」


 水魔法によって水を圧縮し、それを闇魔法で急激に冷却する。圧力によって氷点下の低下した水は零下になっても凍結しない。通常とは違う過冷却水となった水弾を複数展開させ、メルルはそれを一斉に風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンに向けて撃ち出した。


 一つ一つは小さく、それこそ飛竜ワイバーンにとっては雨のように些細なものだろう。だからこそ飛竜ワイバーンは本気を出して防ぐことはなく、怪訝な顔をしてその飛沫を身体に受けた。だが、着弾の衝撃と共にそれは瞬時に凍結し始める。


 その水弾が異常なものだと気付き、飛竜ワイバーン達は風で吹き飛ばそうとするが、彼らだって無から空気を生み出せるわけではない。風を吹かせるためには何処かからか空気を持ってこないといけない訳で、大量に放ったメルルの水弾はその流入のための風に乗って、今度は他の飛竜ワイバーンに降りかかる。


 群れていた弊害でもあるのだろう。群れの中では風が渦巻き、その流れに乗って複数の個体にメルルの魔法が襲い掛かった。数発身に受けただけでは影響はない。だが身に浴びた瞬間に凍結するその水は着実に彼らの重さを増やしていく。そして同時に身体の動きすら拘束し始め、そうなったらもう遅い。


 瞬く間に複数の飛竜ワイバーンが飛べぬほどに重量を増やされ、拘束されたかのように落下した。空を我が物にしていた飛竜ワイバーンは地に這いつくばり、詫びるかのように頭を差し出すこととなったのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る