第580話 ここを戦場とする

◇ここを戦場とする◇


「わ、私達のせいで…、街が危ないということですか…」


 皆が様々な思いを抱いて空から迫る脅威を見つめる中、少しばかり俺らから離れた位置にてタルテに治療されているベルが小さくそう呟いた。竜を招いたことは決して彼女の責任などではないのだが、彼女にとっては人質となってアントルドンをここまで案内してしまったことに落ち度があると思えて仕方が無いのだろう。


「そんなわけあるか!この責任はこのアントルドンと…!…私の、私の責任だ」


「一緒にして欲しくはないな。私は私の意志でことを成したが、あなたの場合は単に能力不足が招いた結果だろう?」


 自分を責めるベルにメイバル男爵が反射的に声を掛ける。しかし、そんな彼の様子をあざ笑うようにアントルドンが言葉を続けた。アントルドンは今も目的のものがメイブルトンの街に刻一刻と迫っていることを確認して随分と上機嫌だ。石舞台の上をまるで本物の演劇の舞台のように、どこか大仰な動作で手を広げ享楽的に振舞ってみせる。


 彼の背後の空には飛竜ワイバーンが群れを成して連なり、彼の動作のこともあって、まるでその飛竜ワイバーンの群れも舞台装置のように見えてしまう。


「ナイデラ様…。いかが致しますか。このままでは街が…。今はアントルドン様を見逃してでも…」


「だが…戻ったところでどうすれば…。…それこそ、こちらに向かっている狩人達をあの通路から街に戻させるほうが…」


 メイバル男爵とレポロさんがこの事態にどう対処するべきかと相談しあう。しかし、取れる対処法が限られているため、焦るばかりで彼らも決断することができないでいる。そんな二人の様子をベルとタックが不安げに見つめるが、そんな不安げな顔を浮かべる二人に応えたのは、今まで彼らを治療していたタルテだ。


「…二人とも…、レポロさんと男爵さんと一緒に避難はできますか…?」


「避難って、いったいどういう…?」


 彼女は二人の手を握ると率いるように先導して歩き、メイバル男爵の下へと移動する。そしてベルとタックを押し付けるように預けると、俺と肩を並べるように立ち並んだ。タルテの言った言葉の真意が分らず、ベルもタックも不思議そうに彼女のことを見つめるが、タルテはそんな視線を受けながも俺らに向けて声を掛けた。


「皆さん…!皆さんなら…飛竜ワイバーンに遅れは取りませんよね…!」


 その言葉と共にタルテは拳に付けた手甲ガントレットを打ち鳴らす。その音はどこか挑発的な音色で響き、ヒュージルの付けた獣の面が反応するかのように僅かに光を瞬かせた。


「タルテ…あなた、どうするつもりですの?…飛竜ワイバーン程度なら、戦ってみたいとは思っていましたが…」


 メルルがタルテの思惑を知ろうと彼女に尋ねかけた。そう思ったのはアントルドン達も同様のようで、彼らも無言でタルテに注目をしている。


飛竜ワイバーンはお馬鹿さんなので…脅しても…脅威を認識してくれません…。ですが…!喧嘩を売れば…簡単に買ってくれるのです…!」


 軽量化の為か、飛竜ワイバーンはお頭が宜しくない種族が多い。好戦的といえば聞こえはいいが、単純に飛竜ワイバーンは敵対者の脅威を推測できるほど賢くは無いため、格上の魔物にさえ襲い掛かることがあるのだ。それに飛竜ワイバーンは群れると特に強気になるため、タルテが言うように驚かせてあの群れを追い返すということは難しい。


 それこそ、かつてのメイバル男爵の先祖がそうであったように、竜讃信仰の知識からなる獣の面という呪物と儀式を経る事でどうにか竜避けを成していたのだ。脅して逃げ帰ってくれるほど簡単な話はない。


「ここでやるつもりか?…まぁ、ベルとタックはあの地下に避難させれば安全か」


「はい…!ここに引き付ければ引き付けるほど…街は安全になります…!」


「うん。街を戦場にするくらいなら、ここで戦う方がだいぶマシだよね。他の狩人も向かってきてくれるし…いざとなれば避難することもできる」


「…なるほど。タルテならば可能ですわね。本当ならば…いつぞやの鼠のように、それで尻尾を巻いて逃げ帰ってくれればいいのですが…」


 だが、街を目指して飛んでいる飛竜ワイバーンの注目を引くことは簡単なのだろう。タルテのしようとしていることを理解した俺らはそれに賛同するように口々にそう言葉を返した。


 そんな俺らに向けてアントルドンの訝しげな視線が向けられる。…彼は俺らのことを単なる雇われの狩人と思っているようだが、メルルは貴族の不正を探るゼネルカーナ家のお嬢様だ。彼女に今の顛末を証言されるだけで彼の目的は果たせなくなるが、それを知らないからこそ余裕を持った態度でいられるのだろう。


「…何をするつもりだ。君らも狩人なら、早く街に迫る脅威を伝えに戻ったらどうだ」


 だが、それでも警戒するような声が俺らに掛けられた。彼としては既に布石が発動して結果を待つだけなのだが、ここで俺らに捕まってしまうことは避けたいのだろう。その言葉には俺らの目的を誘導するような思惑が見て取れた。


「お、おい。アントルドン。なんか…あのガキの鎧…変じゃねぇか?」


「龍の…気配?獣の面が…騒いでる」


 しかし、俺らの気を逸らそうとする言葉も後には続かない。なぜならば彼らの目の前でタルテの着ける鈍い金色の手甲ガントレットが変形し始めたからだ。ギチギチと音を立て、成長…あるいは彼女の体を侵食するように形を変える手甲ガントレットは、知らぬ者から見ればよほど異様に映るだろう。自身の知識の及ばぬ範疇の代物を目にしたからか、アントルドンの目は見開かれ先ほどまで浮かべていた外連味のある笑みは消え去った。


「さぁ…!いきますよ…!ハルトさんは…防音をお願いします…!」


 鈍い金色の鱗に強靭な尾と翼。龍の似姿の鎧を纏ったタルテが意気揚々とそう声を上げる。そしてその声に続き、深く息を吸い込むタルテの呼吸音が次に起こることを予期するかのように妙に耳に残る音を立てた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る