第579話 竜讃の巫子の託宣
◇竜讃の巫子の託宣◇
「ナナ、メルル。なんとか儀式を中止させるぞ。…とりあえずあの面を引き剥がせば中断させられるか?」
ベルとタックの治療はタルテに任せ、アントルドン達を囲みこむように三人で並び立つ。ロスカーが言うように竜災を招く儀式であるのならば、なんとしても阻止しなければいけないのだが、下手に止めると事態がどう動くか分らないため尻込みしてしまう。
ヒュージルは体はまるで風にそよぐ草葉のように不気味に揺れている。顔を覆い隠す獣の面は彼の人間性を覆い隠しているようで、どこかその所作も俺の視線には不気味に映った。骨で作られた面だというのに、その双眸には不自然なほどに闇を蓄え、それでいて奥底のほうでは何かが蠢くかのように明かりが灯っている。
「だ、大丈夫なのかな。強引にはがして…。ヒュージルさんは無事なの?」
「…分りませんわ。ですがこのまま見ている訳にはいきませんわよ」
そんな彼の様子を見て、強引な儀式の中断に対してナナが苦言を呈する。そんなナナの心配をよそに、面を被ったヒュージルは石舞台の上を滑るように移動していく。その移動先はアントルドンが佇んでいるのだが、別に彼に向かって歩いているのではないのだろう。ヒュージルが向かっているのは壁画の前、この石舞台の中央だ。
俺らの鬼気迫る様子を見て、未だに地面の上に横になっているロスカーがゲラゲラと笑い声を上げる。彼は自力で起き上がることを諦め、空を眺めるように仰向けに体を横たえた。そして首をまるで見上げるように傾けて俺らの方を見つめている。
「なんだよ。もしかして俺らが儀式をして竜災を招くと思ってるのか?お前らもさっきの話は聞いていただろ?…もともとこの地は竜災にまみれてるんだから、わざわざ大仰なことをしなくても竜は呼べるんだよ」
「ああ、私達が今から竜を呼ぶと思っているのか。それは勘違いだ。既に必要なことは終えている。…既に竜災は始まっているのだよ」
俺はその言葉の真偽を疑うように彼らの様子を伺うが、平然とし余裕を持ったその態度はその言葉が真実であることの裏づけのように思える。そして、それと同時に俺らの後ろに立つメイバル男爵が悔やむような低い呻き声を漏らした。
「あの儀式は…父が…母がやっていたのは…竜を鎮める儀式だったのか…」
「鎮める…まぁ言ってしまえば魔物避けの一種となる祈祷だな。それを疎かにしていたあんたの報いだ。俺らがほんの少し後押ししただけで、僅かに残った祈祷の効果も消し飛んだというわけよ」
つまり儀式は既に終えているというのだろうか。厳密に言えば竜を招く儀式をしたのではなく、竜を除けていた儀式を解除したらしいのだが、どちらであっても結果は変わらない。まともな人間の所業とは思えないが、ロスカーは自身の成した悪行を自慢するようにそう言い放った。
「これから行うのは託宣だ。君達もメイブルトンに降り注ぐ運命が気になるだろう。そこで黙って聞いていればいい。覚悟ができるということは幸福なのだからな」
臨戦態勢の俺らに向かってアントルドンはそう言葉を投げかけた。その言葉に俺はチラリと相談するようにメルルと視線を合わせるが、彼女は小さく頷いて見せた。俺よりも人を観察することに長けた彼女が話を聞くべきだと判断したため、俺は素直にそれに従った。
「問う。竜讃の巫子よ。竜はどこにいる?まだこの地には来ないのか?」
アントルドンは壁画の前に佇むヒュージルに尋ねかける。ヒュージルは声を掛けられてもそちらの方を振り向くことはせず、ただゆっくりと空を見つめるように面を上げた。
「…竜の乗る風。ほど近く。散った葉が地に落ちるよりは遅く、雲が流れるよりは早くにこの地に至るだろう」
トランス状態というのだろうか。アントルドンの言葉に答えたヒュージルはどこか人間味を感じない口調でそう答えた。どこか要領を得ない回答ではあるが、彼はその回答を後押しするかのように、祭祀場の外、森を越えた先にある遥かに続く山岳地帯を指差した。
その場に居た全員が彼の指し示した方角へと視線を向ける。遠くに聳える山々は森林限界を超えているのか、麓を覆う森のような緑ではなく高山植物の僅かな緑と褐色の岩肌を蓄えている。そして、そんな山並みの間から空を飛翔する小さな点が見えた。
指し示されなけば気付かないような小さな点だ。その点は一つ二つと数を増やし、だんだんとその大きさを増してきている。誰しもがその点の群れを無言で見つめていた。ヒュルリと風が吹きぬけ祭祀場の外の森から葉を飛ばし、それがヒュージルの近くに舞い落ちた。
「なんだ。もう来てるではないか。…さぁ、どうする?ナイデラ・メイバル。街に帰って引きこもるか?言っておくが、一度飛び立った
こちらに向かって空を飛翔する
「…なんていうことを…お前は…」
群れを成す
…それに狩人の多くはこの祭祀場に向かっているはずだ。つまり、メイブルトンの街は手薄になっているということだ。どうするべきかと焦るように思考を駆け巡らすメイバル男爵を急かすように、
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