第578話 巫子なる者

◇巫子なる者◇


「メルルはタックを頼む。タルテは治療の準備。ナナはメイバル男爵のカバーに入ってくれ」


 ベルの行使した魔法によって気力や体力などを奪い取られたのだろう。ロスカーは先ほどまでの元気な姿が嘘のように憔悴し、ゆっくりと石舞台の上に崩れ落ちた。彼が地面に崩れ落ちる様はさほど派手な動きではなかったのだが、先ほどまで彼が騒いでいたこともあって、その急変した容態が誰の目にも異様に映った。


 石の舞台の上を彼の持っていたナイフが転がり、硬質な音が響く。その音が合図となったかのように俺らは一斉に彼らの元に駆け出した。俺は仲間に指示を出すと同時に、ヒュルリと風に乗り石の上を滑るようにベルの下まで駆け寄った。しかし、俺が駆けつける一瞬前にベルは自力で現状を解決した。


「身体強化は…筋肉の調べ…ですよねっ!…ふんぬっ!」


 闇魔法使いといえども光魔法による身体強化が不可能というわけではない。むしろ方向性が違うだけであって近しい魔法であるため、全員というわけではないが適正を強く示すものも居る。そして今のベルには奪い取った生命力があり、二人分のそれが身体強化を後押しする。


 まるで彼女らしからぬ声と共に、後ろ手に彼女の手を縛る紐がブチブチと音を立てる。どうやら、彼女もタルテの薫陶を受けていたらしく、中々にその身体強化は様になっている。そして自由になった彼女はすぐさま近くで横になっているタックに駆け寄った。


「タック!大丈夫!今紐を引きちぎるからね!」


「…ベル。そこにナイフが転がっているからそれで切ってくれ…」


 漲る生命力のせいでテンションがあがっているのだろう。タックを縛る縄さえも引きちぎろうとするベルにタックは冷静に声を掛けた。このままではタックの肉体強度を無視して縄を引きちぎる恐れがあるため、ようやく駆けつけた俺がタックの縄を剣で切断した。彼女も助けるつもりでタックを壊したくは無いだろう。


「ハ、ハルトさん!タックの元気が無いんです!私の元気を別けて上げられればいいんですけれど…」


「…脱水みたいだな。ベルも体力が復活しているのは一時的なものだろ。無理に動くんじゃない」


 駆け寄った俺にベルが心配そうな声を上げる。既に彼らの容態を遠目に確認していたため、俺は彼女の心配を解すためにそう声を掛けた。脱水も時には命に関わるためあまり安心しろとは言えないが、少なくとも直ぐに容態が悪化するほど深刻ではなさそうだ。


「ほら、どいてくださいまし。水が必要なんですわね」


「ちょ、ちょっと…メルルさん、もう少し…ゆっくり…」


 そこに丁度メルルが駆けつけてくる。俺の声を聞いていたのか、彼女は水を操るとそれをタックの口にへと誘導した。口の中に入った瞬間にメルルの制御が解けてしまうため、まるで溺れるようにガボガボと音を立てているが、それでも咳き込んだ後にはタックは自力でゆらりと立ち上がった。


「なるほど。あなたは単なる囮だったという訳か。まさか人を騙す能力が備わっていたとは初めて知ったよ」


「…人質を助けるためだ。まさか、卑怯とは言うまいな」


 ロスカーが倒れ、追加戦力として俺ら四人が登場すれば戦況は決まったも同然だろう。人数有利に加え、俺らの姿は誰がどう見ても狩人に見える恰好だ。まだ若いからといって侮る者は居るが、戦いに身を置いていないアントルドンならそれも関係の無いことだろう。


 だが、妙にアントルドンは落ち着いている。余裕があるというよりも、流れに身を任せているようにも思えるが、俺らが登場したというのにあまり焦る様子は無い。


「君は…確か…学院の教室で見たことが…」


「ええ。いくつかの授業では同席したことがありますよ。自分で言うのもなんですが…目立つ風貌ですので覚えていて下さったのですか?」


「いや、見た目ではなく…君は優秀だと教授が褒めていたからね。見習わなくてはと思ったのを覚えている…」


 メイバル男爵の前に立ったナナを見て、初めてヒュージルが口を開いた。彼のどこか懐かしいものを見たような目にナナは思わず出先を挫かれたような顔を浮かべるが、それでも抜いた波刃剣フランベルジュの切っ先を傾けることは無い。


 そんな二人の会合を尻目に、アントルドンは倒れたロスカーの下へと静かに歩み寄る。メイバル男爵はまだ彼と言葉を交わしたそうにしていたが、アントルドンはそんな視線を無視してロスカーへと言葉を向けた。


「ロスカー。時間はどれくらいだ?どうやらあまり長居はできないようだぞ」


「てめ…。少しは心配したらどうなんだ…よ」


「心配しているからこそ時間を尋ねているのではないか。ある意味、ここが分水嶺なのだぞ」


「俺の心配だよ…!竜災はな…タイミングなんか知るかッ!あとはてめぇの息子に聞いてみろ!」


 ロスカーは未だに体に力が入らないのか立ち上がれずにいる。しかし、それでも気力は戻っているのか、苦しげに顔を歪めながら指は石舞台の床を力強く掻いている。そんなロスカーをアントルドンは無表情で見下ろしながら声を掛けるが、返って来た言葉を聞いて自身の息子にへと視線を向ける。


「どうなんだ。ヒュージル。ロスカーはお前なら分ると言っているが」


「その面だっ!さっきやったみたいに同調すれば…、感じ取れるはずだ…ッ!」


 ナナと向き合っていたヒュージルは、二人の声を聞いて手元にあった獣の面に視線を落とす。戦況は傾いていれど、まだ事態が収束していないことを感じ取った俺は、その面を風で吹き飛ばそうとするが、それよりも彼が自分の顔に面を取り付けるほうが早かった。


「ごめんね。あんまりゆっくりとお話しする時間は取れないみたい」


 面を付ける瞬間に彼は一言そうナナに言葉を掛けた。そしてその直後に俺の放った風の球が彼に到達し、彼の頭を強かに打ちつけた。


 まるで見えない拳に殴り飛ばされたように彼の頭が勢い良く跳ね上がる。しかし、何も押さえるものは無いというのに獣の面は彼の頭からは外れることは無く、彼自身もいきなりの風魔法による攻撃に反応を示さない。


 操り人形か、あるいはトランス状態と言うべきなのか。彼の動作はどこか人間味を失っており、面の相貌に怪しい光を灯しながら、傾いた彼の首がゆっくりと起き上がった。


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