第576話 街の危機とお家の危機

◇街の危機とお家の危機◇


「まさか…アントルドンも…ロスカーも、私の代わりにその儀式をするためにこの祭祀場に?確かに…森の異変はここ数年悪化しているが…」


 ロスカーが語ったのは鎮魂の儀式の内容であり、それが彼の言うとおりこの地の安寧に繋がってるのならば、まさにメイバル男爵が欲している情報である。だからこそ、もしやと思ったメイバル男爵はアントルドンとロスカーに尋ねかけたのだが、返ってきたのは失笑に似た笑い声だ。


 メイバル男爵も、敵愾心を抱いている二人がわざわざこの領地のために動いてくれているとは本気で考えているわけではない。念のために確認したに過ぎないのだが、それを理由に笑われて悔しそうに顔をゆがめている。


「本当にお目出度い人だな。なぜ私がわざわざそんな事をする必要がある」


「それは…森を鎮め、この地を治める正当性を示したいとか…」


「誰が私達を見ているというのだ。街で私たちが鎮めたと触れて回ったところで、それを信じる人間は皆無だろうよ」


 祭祀の一族がこの地を治めてきたというのなら、儀式を執行する者こそが治めるに値する。王府がそれを許すかどうかは別として、そこには一定の説得力があるはずだ。しかし、アントルドンの目的は別にあるようで即座にメイバル男爵の発言を否定した。


 その言葉を聞きながらも、チラリとメイバル男爵の視線がベルの下に向けられた。手を後ろ手に縛られ猿轡を噛まされている彼女は怯えた様子でメイバル男爵に視線を向けている。既に抵抗するほどの気力が無いのか、抱きかかえられ強引に立たされているものの、その立ち姿はどこかおぼつかない。


 タックに至っては足も縛られているためベルの近くで床に横たわっている。ベルと同じく猿轡を噛まされているが、そのムスッとした表情は今の状況が不服であると如実に語っており、身体が自由であるならば直ぐにでもロスカーに噛み付きそうだ。


「どうにかチャンスがあれば…突入してベルを回収…、タックは縄を解けば自力で逃げられそうだな」


「なんとかメイバル男爵が気を逸らそうとしてるけど、意外とあのロスカーという男…警戒心が強いみたいだね」


 会話を続ける三人だが、ロスカーの握ったナイフの刃先がベルの首から離れることは無い。アントルドンの注意は完全にメイバル男爵に向かっており、ヒュージルは退屈そうに傍観しているだけなので、ロスカーの注意がそれれば直ぐにでも突入するのだが、なかなかに好転しない状況に俺らは焦らされている。


「ならば、アントルドン様はここで何をなさっているのでしょうか?指輪や鎮魂の儀が目的で無いのなら…一体…?」


 睨み合いを続けるメイバル男爵とアントルドンに向かって、レポロさんが声を掛けた。未だに行動理由が理解できないアントルドンに痺れを切らしたのだろうが、その発言に最も強く反応したのはアントルドンではなく、ロスカーであった。彼は優位性を示すように嫌らしい笑みを浮かべた後、得意気に口を開いた。


「何って森の異変を加速させに来たに決まってるだろ?今みたいに狩人が押し込められる程度の異変じゃ、どうやってもあんたの管理責任を問うことはできない。ならやることは一つだよな?」


「それは…どういう…」


 得意気に語るロスカーの口は止まらない。計画を打ち明けることにアントルドンは苦い顔を浮かべているが、ロスカーの語り口を止めることはしない。恐らくは知られたところでどうとでもなると思っているのだろう。


「竜災だよ!竜災!もともとこの地は飛竜ワイバーンの一大繁殖地だ!竜讃の儀式で山脈の奥地に押し込められてはいるが、解呪した今なら一斉に飛竜ワイバーンがあの街に殺到するぜ!」


 ロスカーはどこか享楽的な振る舞いでそう言い切った。そしてその言葉を直ぐには理解することができなかったのか、メイバル男爵もレポロさんもどこか気の抜けた表情を浮かべていた。


「なんだよ。驚きすぎて言葉も無いのか?」


「あ、当たり前だ!そんなことしてなんになるというのだ!領地が欲しいにしても他にもっとやりようが…」


 アントルドンとロスカーの選んだ手法があまりに無法な行為であったため、メイバル伯爵も直ぐに言葉を練れずにいる。ようやく搾り出した言葉も理性的なものではなく、慌てた拍子に零れたような言葉だ。飛竜ワイバーンに街を襲わせることはベルもタックも初めて聞いたようで、二人も猿轡の下で呻き声を上げている。


「まぁ、あなたのことだから待っていればいずれは失脚しただろうが…生憎と待っていられる状況ではないんだ。暗殺することも考えたのだが…随分と屋敷の警備を厚くしているみたいだからね」


 メイバル男爵はロスカーの言葉を信じられず、真偽を確かめるようにアントルドンに視線を向けるが、彼もまたロスカーを放った言葉を否定することはせず肯定するような言葉を放った。


 二人が本気でそんなことを考えていると理解したからだろうか、メイバル男爵は苦渋の顔を浮かべると、必死に言葉を搾り出し始めた。


「…アントルドン。そんなことはする必要は無い。…知っているだろう?私が未だに独り身のことを」


「…?だからなんだというのだい?」


「私はもう作れないのだよ。子供をね。…だからこそ、次の爵位はシャリアンの息子に委ねるつもりであったのだ…。君と疎遠になってしまったせいで…相談できずにいたがな」


 あまり男として知られたくない情報なのだろうが、この状況では恥も意地も無い。メイバル男爵は男爵家の弱みともなる情報をアントルドンに打ち明けた。…まさか、子供が作れない状況にあるとは思っていなかったようで、アントルドンもどこか呆けて言葉を紡げずにいる。


 ほんの一瞬、その場を静寂が支配する。そして、その静寂を最初に打ち破ったのはロスカーの笑い声だ。


「マジかよ!メイバル男爵家断絶の危機か!?情けない男だと思っていたが、まさか本当に情けないとはな!」


 笑い声交じりのロスカーの声が石舞台にこだまする。…自分に爵位がやってくると言われたヒュージルではあるが、それでもなおどこか達観したような顔をメイバル男爵を向けていた。


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