第575話 妬み恨みが招くもの
◇妬み恨みが招くもの◇
「アントルドン!何を話しているのだ!この…この指輪が必要なのだろう?」
ロスカーがベルを人質として抱え込んだからか、メイバル男爵は指輪を取り出すとそれをアントルドンに突きつけるように差し出した。そして、恐る恐るとした足取りでアントルドンに近づいていくが、それを咎めるようにアントルドンが彼を睨んだため、メイバル男爵は思わず足を止めてしまった。
メイバル男爵を睨んだアントルドンの視線は、そのまま彼が差し出している指輪に向く。そして彼はその指輪を見て鼻で笑ってみせた。
「ああ、確かにあるに越したことは無いな。ヴィロートが下手を打ったせいで私まで中央に睨まれる事となった。書類の偽造がばれるのも時間の問題だろう…」
「ならば私が何度も提案したように、その獣の面と指輪を交換すればよかったではないか。…もしや…君は本当にこの領地を…」
アントルドンは指輪を欲してはいるが、そこまで重要視しているわけではない。その余裕の態度を見て、メイバル男爵はメルルに指摘されたように領地を欲しているのかと言葉を濁しながらも彼に尋ねかけた。
その言葉を聞いて、アントルドンはメイバル男爵がここに姿を見せたときよりも驚いてみせた。傍から見れば容易に予想できることではあったが、彼としてはメイバル男爵がそのことに気が付くことがよほど予想外であったらしい。
「…ふぅん。レポロが気づいたのかい?あなたがそこまで気が回る人間とは思えないのでね」
「確かに他の人間に指摘されて始めて気が付いたよ。だが、何も
「だって馬鹿みたいじゃないか。碌な産業もない寂れた田舎をあそこまでにしたのは我が父の功績なのだぞ?それを何だ?赤の他人の君が引き継いで、私には何も無い!…のうのうと生きてるだけで享受できる貴方はさぞ幸せな者だろうな!」
メイバル男爵の言葉を遮るようにして、アントルドンが大声を上げる。その声にはメイバル男爵への敵意が込められており、はっきりとその気持ちを向けられたメイバル男爵は身を竦ませた。…もともとはメイバル男爵家の領地であるため、いかにアントルドンの父が貢献したといえど、ナイデラ・メイバルが領地を引き継ぐことは当たり前であるのだが、彼はそれがどうしても許せないらしい。
だからこそ彼の言っていることは道理が通らないことではあるのだが、完全に間違いという訳でもない。彼の父であるグレクソンの功績があったからこそ、メイバル男爵は妹のシャリアンへの求婚を断れなかった訳であるし、親戚となったからには多少は領地のことにも口を挟めたはずだ。
だが彼はそれだけに留まらず、
「せめてもう少し注目を集めてくれないかな。そうすればベルちゃんを助けやすいのに…」
「残念ながら…今の男爵に声を飛ばして…そのとおり動いてくれる余裕があるとは思えないな」
意外にもナナが言い合うメイバル男爵に辛辣なことを零した。彼女の視線はナイフを突きつけられているベルに注がれており、彼らの動機だとか思惑よりもベルの安全が最優先のようだ。確かに彼女の言うとおり、もう少しロスカーの気を引くことができれば、あのナイフも彼女の首元から離れることだろう。
だが、俺が風で声を飛ばさずとも思いが通じたのか、あるいはアントルドンの敵意を逸らすために他の者を巻き込みたかったのか、メイバル男爵はベルを抱えているロスカーへと視線を向けた。
「ロスカー…。久しいな。お前がアントルドンを唆したのか?」
「私が唆される訳無いだろう!彼は純粋にお前に対して私と同じ思いを抱いているだけだ!」
メイバル男爵はロスカーに声を掛けたが、それに割り込むようにアントルドンが口を開く。その様子を見ながらロスカーは喉を鳴らして笑った後、外連味のある笑みを浮かべた。
「そうそう。まさしく同士って訳でね。俺だって思ってたんだよ。同じ血を引いているのに俺は平民でお前は貴族。これでお前が優秀なら俺も諦めがついたんだろうけどなぁ」
どこまで本気かは分らないが、彼もまたアントルドンと同じようにナイデラ・メイバルが領主としてその地位を引き継いだことに思うところがあるらしい。そして、彼は顎で石舞台の上に鎮座する壁画を示してみせた。
「あんた、この壁画の意味を知ってるか?知らないよなぁ。これこそがメイバル家の始まりだっていうのに…」
「そ、それは…。だが、それを知る者などもう…」
「俺は知ってるぜ?この壁画の意味。もともと俺の婆さんは祭祀の手伝いをするために当時の男爵と関係を持ったんだ。お前が知らないことだって俺は伝え聞いている」
アントルドンを同士と言ったロスカーだが、彼もまたアントルドンがそうであったかのようにメイバル男爵の言葉を自分の言葉で遮った。そしてその言葉にメイバル男爵が驚愕すると、彼は満足したように頷き再び壁画を顎で示した。
「竜讃の巫女と共に荒ぶる風ゲイルを討った初代は、この神殿を建てたんだよ。もちろん単なる記念碑なんかじゃない。ゲイルの風を宥め、それをこの地の平穏に繋げるための秘術なんだとよ。不思議に思わなかったのか?この領地の森がやけに大人しいことをな」
「ナイデラが知っているはずは無い。…大方、ヴィロートが獣の面を盗む前から儀式はしていないのだろう?私の父も忠告したはずなのだがな…。こいつはのうのうと過ごすだけだ」
二人に責められメイバル男爵は何も言い返すことができずにいる。盾になる所存と言い切ったレポロさんも、言葉のナイフは防げないようだ。
「良い流れですわね。そのままもっとメイバル男爵を責めてくださいまし」
俺らもメイバル男爵に苦言を呈したい事があるが、メルルが漏らした言葉は決して彼を追い詰めたいという思いの表れではない。彼女がそのような事を呟いたのは、メイバル男爵が槍玉に挙げられれば、その分ベルやタックから意識がそれることとなるからだ。俺らは彼らの会話を見守りながら、ベルとタックを救う機会を息を潜めて伺っていた。
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