第574話 厄介な味方
◇厄介な味方◇
「ロスカー…アントルドン…一体何をしようとしているのだ…!?」
声を抑えろと注意したのに、未だにメイバル男爵の声は大きい。普段は柔和な印象の彼であるが、今は憤慨するように眉を吊り上げている。
「ナイデラ様。それはこちらの台詞ですわ。…彼らの執り行っている儀式に心当たりは無いのでしょうか…?」
「そ、それは…、すまないが知り得ていないのだ。…第一、私すら知らないものをなぜ彼らが…?ロスカーならば…あるいは…?」
メルルの視線はアントルドンの息子であるヒュージルに向けられている。彼の手には伝え聞いていた内容どおりの形状をした
だからこそメルルはメイバル男爵に問いただしたのだが、彼はばつが悪そうに知らないと答えるだけだ。彼らが行っている儀式めいたものが迷信から来るものであればいいのだが、儀式魔法めいた実際に効力の有るものだとすると余り捨て置けない。儀式を進める彼らの挙動はどこか素人のようにつたないものではあるが、道具や場所はそれに適した一級品であろう。一概に効果が無いとは言い切ることができないのだ。
「ハルト。どうする?見た感じ…ベルちゃんもタック君も儀式に参加していないみたいだけれど…」
「早めに仕掛けたほうがいいだろうな。クライマックスで生贄に使われたら目も当てられない」
呪術めいた儀式の場合、それを途中で止めるとより返しと言うべき反動が術者に降りかかる可能性も有る。だからこそ、ナナは人質の二人が儀式とは無関係の立ち居地にいることを確認するように俺に尋ねかけたのだが、今は無関係でも儀式のメインディッシュとして採用される可能性がある。
こちらにも影響が無いとは限らないため、できればもう少し成り行きを観察したいところではあるが、あまりのんびりしている訳にもいかない。俺らは回り込むために身を潜めている階段からゆっくりと後退する。
「い、生贄…だと…!?ま、まさか…ロスカー…知っていたのか!?」
「ちょちょ!ま、待ってください!ナイデラ様!」
しかし、俺らの思いはメイバル男爵には通じなかったようだ。彼は俺の呟いた生贄という単語に顔を青くし、不自然なほどに挙動不審になる。…彼のベルに対する執着は異様なものがあるが、それが何かはまだ判明していない…。
その疑問に多少なりとも思考が割かれてしまったからだろうか、俺は彼の行動に対して即座に反応することができなかった。俺が止めようとしたときには既にメイバル男爵は階段の上、石舞台の淵に立ち、大きく息を吸い込んだところであったのだ。
「アントルドン!私が来たぞ!私が君の指輪を返しに来た!指輪が目的であるのならば!人質を解放してくれ!」
俺とメルルが揃って頭を抱える。ナナとタルテは苦笑いを浮かべるだけで済ましているが、ナナはその苦笑いも無理に浮かべたのか、少しばかりヒクついている。
レポロさんはメイバル男爵と同じ心意気なのか、あるいはメイバル男爵が彼らの前に姿を現してしまったから仕方なくなのか、メイバル男爵の後に続くように石舞台の上に身を乗り出した。逆に俺らはまだ見付かっていないはずなので、示し合わせなくともイソイソと彼らから離れるように身を屈めて移動した。
「なんなんですの!勝手に姿を現して!もう少し頭の回る方だと思っていましたわ!」
「第一印象の時とは真逆だね。落ち着きはないし…妙に度胸はあるみたいだし…」
移動しながらもメルルが彼に対する文句を口にした。流石にナナもタルテも彼の行動は擁護できないようで、まるで見捨てるようにさっさとその場を離れ石舞台の段差の陰を進んでゆく。
「まさか…あなたがここに来るとは…。たとえ知られてもあなたは怯えて邸宅に篭っていると思っていたよ。おかげで計画が少し崩れるな…」
声は慌てていないものの、姿を現したメイバル男爵にアントルドンは本気で驚いているようだ。そして崩れたという計画を修正するためか、顎に手を当ててなにやら考え込んでいる。彼の息子であるヒュージルは特に驚きもないようで、変化した状況を傍観している。…なんというか、今の彼はどこか受身で父親と行動しているようにも思えた。
「おい、どうすんだよ。街に運ぶのはかなり面倒だぞ?…死体が無くてもうまくいくか?」
「…そうなると捜索に時間が割かれるはずだ。都合よく邸宅が焼失でもしてくれればいいんだが…」
「待てよ。そりゃ俺に火付けに行けってのか?そりゃいくらなんでも無茶が過ぎるだろう」
「そんなつもりで言ったわけではない。…別に行方不明でも問題はない。むしろ確実に殺せる今の状況のほうが好ましいかもな」
メイバル男爵を無視するようにして、アントルドンとロスカーは話し合いを続ける。何を計画しているかはっきりとはしないが、口から出てくる単語を聞く限り、穏やかな計画ではないことは確かだ。
そして同時にメイバル男爵の失態が浮き彫りに出た。彼が姿を現すと同時に、ロスカーは即座にベルを抱え込んでナイフを首下に添えたのだ。反射的に人質を盾にするような行動を取れるあたり、やはり堅気の人間ではないのだろう。ヴィロートといいロスカーといい、アントルドンは悪いお友達に恵まれているようだ。
「ハルト。風でいける?合わせて私が飛び込むこともできるけど…」
「ちょっと博打に近いな。できれば首からナイフの切っ先が離れた瞬間を狙いたい」
「即死でなければ…私の治療が間に合うとは思いますが…」
石舞台を回りこんで、彼らの後ろ近くに位置取りした俺らは作戦会議に勤しむ。当初の目論見であれば、俺がロスカーに向けて不可視の圧縮空気球を打ち込めばそれで問題は無かったのだが、抱きこむようにベルが抱えられている状況ではそれでは危険を伴ってしまう。上手く二人の間を裂くように爆ぜればいいが、その拍子に首にナイフが刺さる可能性があるのだ。
最悪、直ぐに死ななければナイフの切り傷ぐらい塞いでみせるとタルテが宣言する。別に刺されても問題無いと言っているわけではなく、タルテの表情もできればそれは最終手段にして欲しいと訴えていた。
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