第570話 宮廷貴族が欲しい物
◇宮廷貴族が欲しい物◇
「宮廷貴族はナイデラ様のように領地からの税収がありません。だからこそ、王府での役職による給金が主な収入源になるのですが…、要職に就けなければ大した額はもらえません。それでいて、王都の物価は地方よりも高く、社交も頻繁に行われるためその費用もかかります」
メルルが伏目がちな表情で宮廷貴族の悲哀を語る。領地をもつメイバル男爵にとってはあまり実感が無いのだろうが、メルルが次々と並べる宮廷貴族の問題点に気圧されて、低い唸り声を漏らした。
それこそ、宮廷貴族は領主とは違い王府に勤める役人の側面が強い。言ってしまえば雇われの会社員と変わらないのだ。中には爵位に付随する優遇措置や税の割合免除を利用して副業で商人の真似事をする者も多いが、結局はその稼ぎも実力がものを言う。マッティホープ子爵家はまだマシなほうで、中には名ばかりは貴族であるが平民とさして変わらない生活をしている者もいるのだとか。
「そ、それでは…アントルドンは…この領地を狙っていると言いたいのですか?」
「その可能性は十分に有り得ますわ。なにより、それなら
メイバル男爵はまさかとは思ったものの、メルルの言葉に危機感を抱いたのだろう。多少慌てたようにしてメルルに言葉を返した。
「もちろん、
だが、俺らは…メイバル男爵を含めここにいる者はみな、領地を奪うに当たって
「もしや…アントルドン様は…シャリアン様のご子息に領地を引き渡すおつもりなのでしょうか?」
そのことに気づいたレポロさんが静かに声を上げた。その質問に対し、メルルは声を上げることなく無言で頷くことで答えた。マッティホープ子爵家に嫁いだとはいえ、シャリアンはメイバル男爵家の継承権を持っていた存在だ。そのため、その息子であるヒュージルにも継承権は存在する。
むしろ、メイバル男爵に子供の居ない現状においてはもっとも次期男爵に近い存在がヒュージルだ。もしメイバル男爵の身に何かありメイバル男爵家が途絶えることとなれば、
だからこそ、俺とメルルは急いでメイブルトンに戻ってきたのだ。アントルドンが領地を欲しがっていると仮定するならば、後はメイバル男爵を討つだけだ。アントルドンがメイブルトンの街に姿を現したのはメイバル男爵を襲うためで間違いはないと。
「まさか…だからアントルドンは私を嫌って?いや…まてよ…そもそもシャリアンとの結婚を願ったことも…」
アントルドンが領地を狙っているという発想はまったく無かったのだろう。メルルに指摘されたことで、メイバル男爵はぶつぶつと声を漏らしながら、これまでのことを振り返るように考えを巡らせてゆく。
しかし、今回の騒動はメルルの語ったことだけが全てではない。メイバル男爵が襲われる前に戻ろうと急ぎ帰った俺とメルルを出迎えたのはこの誘拐騒動だ。メルルは領地が狙いだと言ってはいるが、まだ何か俺らの知らない秘密が隠れているはずだ。
「メイバル男爵。祭祀場には何があるんですか?彼らがそこに向かう心当たりは何かありますか?」
俺は独り言を呟きながら頭を悩ますメイバル男爵に声を掛けた。俺の質問に対し、メイバル男爵は渋い顔を浮かべると、申し訳なさそうに首を横に振った。
「それが…私も詳しくは知らないのだ。この道にも意味があり、昔は祭祀の名残のような儀式もしていたそうだが…、失伝してしまってね」
「秘匿された儀式のせいで、知っている方々が少ないのです。…そして、ナイデラ様のご両親はそれを伝える前に…」
「確か…早くにお亡くなりになったのでしたわね。何か書面に残っていたりは…」
「仕事を引き継ぐ際に粗方の資料には目を通しはしましたが…残念ながら…。残っているのは私の幼い頃に見た父と母が儀式をする姿だけでしょう」
つまり、メイバル男爵の代になってから祭祀の儀式は途絶えているということだ。彼は失伝してしまったことは悔いているようだが、儀式そのものが行われていないことには余り頓着をしていないようだ。
…個人的には現在の森の異変は儀式を止めてしまった影響にも思えてしまう。意味の無い因習も多いのだが、全てが無意味とは限らない。特に
「皆様…壁画が見えてきました。もうそろそろ祭祀場に到着いたしますよ」
情報を刷り合わせる俺らに水を差してしまう形となったが、レポロさんがそう声を上げた。俺は更に前方に向けて風を流し込むと、前方が壁で行き止まりになっていることが確認できた。恐らくは入り口と同じように隠匿されているのだろう。
だが、少なくとも入り口とは違いこちらの扉は完全に隠匿できているわけではない。レポロさんの言うように壁には壁画のような文様がびっしりと掘り込まれているからだ。たとえ扉とは思わなくても、その壁に何かあると誰しもが思うことだろう。
気が逸ったのか、メイバル男爵はレポロさんを追い越すようにしてその壁の元に駆けつける。そして懐から手帳を取り出すとその中身に目を這わせながら、震える指先をその壁へと伸ばした。
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