第569話 アントルドンが欲しい物

◇アントルドンが欲しい物◇


「これが、グレクソン様から託された指輪になります。…直接言葉を交わすことは出来ませんでしたが、あのお方は象徴品レガリアと引き換えるためにこの指輪を託して下さったのでしょう」


 メイバル男爵は懐から取り出した指輪を手のひらに載せ、俺らに差し出すように晒してみせた。紋章の入った指輪は貴族らしく細かく華美な意匠も掘り込まれているが、それ以上に通常の指輪よりも大きく重厚感のある作風であるため、どこか無骨にも感じてしまう。


 その指輪を託されるにあたって、メイバル男爵は事前にグレクソン元子爵から手紙を受け取っていたことを俺らに話した。内容はシャリアンが言っていたことではあるが、象徴品レガリアを息子が盗み出したことを知って、そのことを詫びると同時に話し合いをするべくそちらに向かうという事であったらしい。


「…メイバル男爵はその指輪を返すおつもりがあるのでしょうか?未だにそれが手元にあるということは、グレクソン様の思惑通りには進まなかったという事と思われますが…」


 少しばかり厳しい視線を向けながら、メルルがメイバル男爵にそう尋ねた。その言葉にメイバル男爵は驚く素振りをみせて、反論するように口を開いた。


「返すも何も、私は何度も彼に交換するように持ちかけたのですよ?…ですが、彼は一向に応じる様子は無く…、それどころか指輪がここにあるのに彼はいつの間にか爵位を継承してしまいました…」


 俺らは地下道をひたすらに進みながらもメイバル男爵の話に耳を傾ける。彼としてはグレクソン元子爵の計らいどおり、指輪と象徴品レガリアの交換をしたかったようではあるが、結局は指輪が必要とされる爵位継承の儀を済まされてしまっており、かといって象徴品レガリアが盗まれたままでは指輪を無償で引き渡すわけにもいかず、現在は持て余してしまっているという。


「この際ですから、素直に指輪は返してしまいましょう。もしかしたら彼の目的はこの指輪かもしれませんしな」


「ナイデラ様…。宜しいのですか?まだ面がどこに隠されているのかも分っておりませんが…」


「なに。面が返却されるに越したことは無いが、それはおいおい要求すればいい。向こうがこちらを無視するのならば、こちらから歩み寄って交渉の席についてもらうことも必要だろう?」


 だからこそ、彼はこの機に指輪を彼に返すのだと宣言した。手持ちの札を捨てるような行為にレポロさんが小さく苦言を呈すが、それでも構わないとメイバル男爵は軽く笑ってみせた。


 確かにアントルドンが爵位を継いでしまったからには、メイバル男爵の手元にある指輪の価値は薄れてしまっている。爵位継承の前ですら指輪と象徴品レガリアの交換に応じてくれていなかったのに、今更同じ要求が通るとは思っていないのだろう。


「あの…その面って…象徴品レガリアのことですよね…?」


「え?ええ。我が家には獣の面との名称で伝わっています。あれを被って神事を取り仕切っていた一族が我が家の始まりなのですよ」


 メイバル男爵の口から出た面という言葉にタルテが疑問をぶつけた。そういえばナナとタルテには象徴品レガリアの事は伝えてはいたが、どの象徴品レガリアがどのような風貌のものかは伝えていなかった。…少し前にも土着の祭祀の一族と関わったが、メイバル男爵もそういった土着の祭祀の末裔であったようだ。


「古臭い…それこそ蛮族が被るような面ではありますが、我が一族には価値のあるものなのです。…ですが、逆に言ってしまえば我が一族以外ではまったく価値は見出せないでしょう。なぜ、アントルドンがあの面を盗んだのか…」


 タルテの質問に誘われるようにして、メイバル男爵はなぜアントルドンが象徴品レガリアを盗んだか思考をめぐらせる。シャリアンはメイバル男爵への嫌がらせのために盗んだと言ってはいたが、指輪と交換する提案を断ってまですることではない。


 だからこそ、アントルドンの象徴品レガリアに対する異様な執着を感じることができる。彼はヴィロートに書類を改竄させることで爵位を継承したようだが、メイバル男爵が取引に応じてくれるのならば、書類偽装という危ない橋を渡らずにすんだはずだ。


 ではなぜアントルドンは象徴品レガリアに執着しているのか。その動機の推測はメルルが王都からの空の旅の最中に俺に聞かせてくれていた。


「恐らく…アントルドン様の目的は…メイバル男爵家の爵位なのではないでしょうか?そもそもの話、象徴品レガリアとはそういうものでしょう?」


 呟くような小さな声ではあったが、地下道の中でメルルのその言葉が反響した。俺もその可能性はありえると思ってはいたが、どうやらメイバル男爵にとっては意外な推理だったようで、目を瞬かせながらメルルを注視していた。


 メルルから聞いて俺も始めて知ったことだが、象徴品レガリアはそれを保有するが故に権力が認められるような代物だ。もちろん国の法でそう定まっているわけではないのだが、それを重要視する者だって多くいる。メイバル男爵が貴族に名を連ねることになったのも、象徴品レガリアを保有してここいら一帯を治めていたことが始まりであろう。


「まさか、そんなことはありませんよ。私は男爵でアントルドンは子爵ですよ?それこそ、男爵と子爵の壁は非常に大きい。上位貴族の中には男爵を貴族と見ない方々も多いですしな。…実際、成り上がりで男爵になった品位の無い者も多いですから…」


 メルルの言葉をメイバル男爵は軽く笑いながら否定した。確かにメイバル男爵の言うことも正しくはある。突出した一人の天才に爵位を与えることはあるが、そのような個人の能力に与えられた爵位は長くは続かない。要するに一族として代々国に貢献する者達がなれるのが子爵以上の爵位であり、それこそが貴族ということなのだろう。


 だが、同時にその認識には不足しているもの物もある。メルルはため息を吐いた後、メイバル男爵に口を開いた。


「ナイデラ様。…確かに男爵から見れば子爵という爵位は雲の上…とまではいかなくとも中々に届かない爵位ではありましょう。ですが、あなたの想像以上に宮廷貴族の生活は厳しいのですのよ…」


 こんな王都から近い領地を持っているのになぜそんな事も知らないのか。メルルはそんな呆れた視線を言葉と共にメイバル男爵に突きつけた。またしても彼女の言葉は彼の予想外の言葉であったようで、メイバル男爵は再び驚きに目を瞬かせた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る