第568話 暗い地下に暗い話題

◇暗い地下に暗い話題◇


「この先に抜け道が…?…それにしては…」


 メイバル男爵とレポロさんが俺ら案内して、木製の階段を音を立てながら地下に向けて下っていく。掃除は行き届いているものの、普段は使っていないのか灯かりの類は存在しない。その暗い階段をレポロさんが先行して進み、手に持ったランタンから壁掛けの蝋燭に火を移してゆく。


 蝋燭の明かりが俺らの足元を照らすが、先を見通すにはあまりにも頼りない明かりだ。俺は周囲の闇の中を風で確認するが、どうも普通の地下室のようにしか感じ取ることができず思わず疑うような言葉を漏らした。念のためタルテにも尋ねるように視線を向けるが、彼女も不思議そうな顔で首を横に振った。つまり、土魔法でも抜け道の類を確認することはできないということだ。


「ああ、君は確か風魔法使いだったね。そういった魔法での探知が出来ないように魔術が施されているらしいんだよ。私も詳しくは知らないのだけれどね」


「今、魔道灯を点灯いたします。ご不便おかけいたしました」


 俺らが不振がっていたからか、メイバル男爵がそう説明してくれた。風魔法や土魔法の探知を掻い潜る魔術に妙な対抗心が沸くが、俺が本気を出して探知するよりも前にレポロさんが灯りの間道具を起動させた。


 どこか澄んだような魔力反応音が小さく地下室の中で響くと、魔道灯に緑白色の小さな明かりが灯り、それが数秒掛けて強くなる。完全に起動した壁掛け式の魔道灯の明かりは眩しいほどで、周囲の闇が駆逐されてゆく。


「抜け道は…どちらにあるのでしょうか?…それとも、メイバル男爵のワインセラーを紹介して頂けるのかしら?」


「ははは。凄いでしょう?…ワインのコレクションのことではありませんよ?この欺瞞の魔道具のことです。魔道具ではガナム帝国に遅れを取っていると言われていますが、我が国も体系化が未熟なだけで、誇れる代物は確かにあるのです」


 照らし出された地下室は、一見何の変哲も無い唯の地下室だ。…厳密に言えば異常ともいえるワインのコレクションが壁に並んでいるが、彼らの言うような抜け道は見当たらない。そのことにメルルが言及するが、それに答えると同時にメイバル男爵が石壁を撫でるようにして欺瞞の魔道具を解除した。


 目の前で壁の岩が粉へと変わり、そしてその粉が光へと変わる。瞬きするほどの僅かな時間で、地下室の壁には更に下へと降るための階段が姿を現した。しかし、闇に染まっていたのは少しばかりの時間でしかなく、欺瞞の魔道具の解除が起動の合図になったのか、複数の魔道灯が起動しその地下道を照らしてゆく。


「凄いね。こんな大掛かりなものがこの街の地下にあったんだ…」


「い…、いきなり地下道が出現しました…。少なくとも…私の感知範囲の外までまっすぐ伸びています…」


 ナナとタルテが目の前で起こった光景に驚愕の声を漏らした。その声を聞いてメイバル男爵はどこか得意気に地下道の中へと足を踏み入れた。地下道の始まりはこの地下室に入ったときと同じように長い階段が下へ下へと伸びている。だが、地下室に入ったときの階段とは違い、こちらの階段は一枚岩を削って作られたものだ。


 そして何階分の高さを下に降りただろうか。今度はまっすぐと先へと伸びる道が姿を現した。タルテがその壁に手を添えると、彼女は小さく魔法によるものですねと言葉をこぼした。確かに地下道の壁は手彫りで掘り進んだものではなく、魔法によって一気に掘り進んだような痕跡が見て取れた。


「それでは、皆さん急ぎましょう。遅れてしまっては元も子もありません」


 異様な光景の地下道に思わず足を止めてしまっていた俺らにレポロさんがそう声を掛けた。その言葉に促されるように、どこか冷たい印象のある地下道を俺らは進んでゆく。


「…あの…男爵様も…来るのですか…?」


「ええ。こうなってしまっては私もじっとはしていられません。…そもそもこれは私が問題を先送りにしたせいで起きてしまったのです…。…戦うことはできませんが、せめて私の言葉がアントルドンに届けばと…」


 この地下道の向かう先は決して安全な場所ではない。案内をしてくれるレポロさんはまだしも、そんな場所にメイバル男爵が向かうのかとタルテが尋ねると、彼ははっきりとそう答えた。その言葉は何か決心をしたような意志の強さを感じ、同時にどこか投げやりにも思えた。


「…ナイデラ様。申し上げるのが遅くなってしまいましたが、シャリアン様は元気にしておりましたわ」


「え?元気にしていたというのは…、もう会うことができたのですか!?」


 いい機会だと、歩きながらもメルルがメイバル男爵に声を掛ける。紹介状を渡してからまだ数日しか経っていないため、話の内容以前に会って来たということに驚いている。だが、直ぐに気を取り直すようにしてメルルに顔を向けた。


「そ、それでシャリアンは…元気だったというのは無事だったということでしょうか?」


「ええ、特に問題も無くお過ごしのようでしたが…。むしろ夫と兄の諍いに心を痛めておりましたわ。…そもそも、なぜ無事かどうかを疑ったのでしょうか?シャリアン様からは…指輪と象徴品レガリアを巡る争いの話も聞いてきましたが…」


 メルルの言葉にメイバル男爵の息を呑む音が聞こえ、そして唐突に彼の進む足が止まってしまった。


「シャリアンは…そんなことまで話しましたか。まさか…シャリアンは象徴品レガリアのことを…」


 独り言のように言葉を吐き出すメイバル男爵だが、俺らの注目に我に返り、再び前に足を進め始めた。そして俺らに説明するようにアントルドンとの関係について滔々と語りはじめた。


「…私も彼との関係を修復しようと致しました。ですが、彼がなぜ私を嫌うのかも…なぜ象徴品レガリアを求めたのかも分っていないのです」


「…指輪はナイデラ様が所有しているのですよね?それを返すおつもりはあるのでしょうか?」


 だが、その語り口はどこか弱音に溢れており、それこそ正解を俺らに尋ねているようにも聞こえた。だからこそ、メルルが彼に指輪の扱いを尋ねたのだが、彼はその質問に悩むそぶりすら見せずに頷いた。そして、同時に懐に手を差し込むと、そこからチェーンに繋がれた一つの指輪を取り出した。


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