第566話 助けに向かう道

◇助けに向かう道◇


「…案の定、街を出た段階で追うのを止めたそうですわね。…定石ではありますが、どうにもゴルムの失態に思えて仕方ありませんわ」


 皆がこれからの方針を練っている中、メルルは帰ってきたピースケちゃんから手紙を受け取り、そこに書かれている内容に目を通していた。彼女の呆れたような呟きが全てを物語っているが、アントルドンを見張っていたゴルムは彼が街を出た段階で監視を取りやめたらしい。


 街の外まで着いていっては監視が露見してしまうため仕方が無いことなのだが、その結果三人の若い狩人が彼に捕まったともなれば、確かにもっと上手く立ち回ることはできなかったのかと思えてしまう。メルルは冷めた表情で手紙の続きに目を通し、徐にチックに向かって口を開いた。


「チック。あなた、奴らと言いましたわね?その者たちは何人いたのでしょう?」


「え?ああ、三人いたよ。つっても一人は俺らとそんな変わらないほどの若い奴だったです」


 治療に専念するために医務室へと強制連行されつつあったチックが足を止めてメルルに答えた。その言葉を聞いて、ウォッチさんは目頭を押さえながらため息を吐く。


「チック…。そういう情報はしっかりと報告を…。まぁ、確認しなかった私にも落ち度はありますが…」


 ウォッチさんは、アントルドンが狩人ギルドに来ていた時はさもアントルドンのことを知らないように振舞っていたが、先ほどの反応を見る限り首謀者がアントルドンであることも、彼がどのような人間なのかも把握しているようだ。だからこそ、てっきりアントルドンの単独犯行と思い込んでいたのだろう。実際には彼には二人の仲間がいたようだ。


「その若い奴とは息子のヒュージルですわ。そこはゴルムが確認いたしましたので間違いないようです」


「学院に居ないと思ったら、彼もこの街に来ていたんだね。…この事件に関しては彼も関わっているんだ…」


 チックの言葉を補足するように、メルルが俺らに情報を伝えてくれる。ヒュージルが犯罪に関わっていることが確定したため、顔見知りのナナはどこか残念そうに言葉を漏らした。…チックは自分とそう変わらない年齢と言っていたが、彼はオルドダナ学院の最終学年であるため一回り年上である。ヒュージルは童顔なので年齢を誤認したのだろう。


「チック。若い男と…もう一人居たんだな?そっちの情報は無いのか?」


「いや、流石に知ってたら話してるます。もう一人は…見たこともあるような気もするけど…いや、知らない人かな…?」


 俺がチックに尋ねると、彼は必死に記憶を辿り始める。独り言のように街の人間か?いや知らないし…通いの行商人…?と自問自答をするが、結局は思い出せないようで言葉を濁してしまう。俺はメルルなら情報を持っているかと視線で尋ねかけるが彼女は目を閉じて首を横に振るうだけだ。


 まだ見ぬ謎の人物がアントルドンと行動を共にしている。そのことがどうにも怪しいが、チックが見知らぬ人間だと言うのならばヴィロートでは無いのだろう。変装している可能性もあるがチックが気が付かないとは思えない。


 チックはウォッチさんに小言を貰うと、そのまま医務室へと押し込まれた。彼はベルとタックが心配で寝ていられないとのたまうが、タルテが微笑みながら彼に向かって手を伸ばすと慌てて医務室へと逃げ込んだ。チックはタルテが人を強制的に寝かせる所を見ているため、どんな目に会うか簡単に想像できたのだろう。


「ハルトさん…。チックさんは大丈夫です…!私も直ぐに向かえますよ…!」


「それじゃ、私達も向かおうか。…どうする?飛んでいけば早いとは思うけど…」


 医務室の扉が閉まることを確認すると、タルテが振り返ってそう言った。そして続いてナナが作戦を練るウォッチさん達を一瞥しながら俺に今後の方針を相談してくる。…確かに王都まで飛んでいったように、メルルと俺の魔法を使って森を飛び越えれば誰よりも先んじて目的地に向かうことができるだろう。


 しかし、それで飛ぶのは俺とメルルのペアが限界であり、ナナとタルテを乗せるのは不可能に近い。そして何より目的地の祭祀場が空から見て分るとは限らない。流石に空で迷子になるのはあまりに間抜けな状況だろう。


「…メルル様。そして妖精の首飾りの皆様。少しナイデラ様の所へとご足労願えませんか?」


 個別に行動するよりは、他の狩人と足並みを揃えた方が確実かと思いウォッチさんの作戦会議に加わろうとするが、そんな俺らにレポロさんが声を掛けてきた。こんな時にメイバル男爵の下に来て欲しいと本気で言っているのかと、俺らは思わずレポロさんの顔をまじまじと見返してしまった。


「もちろん、ベルさんとタックさんを助けることに関係しているのです。…ですがあまり多くの人間に知られるわけにはいかない内容でして…。皆様の力量を信じて、個別に協力をお願いしたいのです」


 俺らの反応を見てレポロさんは即座に言葉を続ける。その言葉に偽りは無いようで、その声は他の人間に聞かれないよう密やかなものだ。ナナとメルルが相談するように俺と顔を合わせるが、俺は少しばかり逡巡したあと、レポロさんの提案に乗るように頷いた。


 アントルドンの行動原理は未だに分らないものの、メイバル男爵との諍いに関係している可能性が非常に高い。緊急時ゆえに後回しにしてはいたが、俺とメルルが急ぎ帰ってきたのは彼に詳しい話を聞くためでもあったのだ。


「ええ、ベルとタックを助けるためというなら私達に否はありませんわ。…けれど、ナイデラ様とご相談してからではなくて良いのですか?あまり知られたくない秘密があるのでしょう?」


「確認は取っておりませんが、ナイデラ様が断るはずはございません。それに早めに皆様をご案内しませんと、直ぐにでも森に向かってしまうと思いまして…」


 俺に代わってメルルがレポロさんに返答をした。そして独断で俺らを招いていいのかと尋ねるが、レポロさんはメイバル男爵の考えを慮ることに自信があるらしく、はっきりと問題ないと断言した。


 俺らを引き連れて狩人ギルドを出ようとすると、ギルド長がチラリとレポロさんに視線を向けた。その視線が意味することは分らないが、レポロさんはその視線に頷くことで答えてみせた。どうやら二人の間には何かしらの共通認識があるのだろう。


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