第565話 死んだふりして生き返る

◇死んだふりして生き返る◇


「…あっ!ハルトさん。あのヴィロート…でしたっけ?そいつじゃ無くて、そいつと一緒に居た男です。多分、仲間だとは思うんだけど」


 俺が驚くような反応を見せたからか、チックが慌てて訂正をする。まさかヴィロートが姿を見せたのかと思ったのだが、どうやら別の人間らしい。しかし、奴の関係者となると…思い当たる人間は一人しか居ない。


 俺と同じくその人物に心当たりがあるのか、レポロさんが苦々しい表情を浮かべている。そしてそれと同時にメルルが笛を取り出してピースケちゃんを呼び出した。…アントルドンは諜報員であるゴルムが監視をしていたはずである。それを手紙で問いただすつもりなのだろう。


「…ああ、気にしないで下さいまし。チック。そもそもその男はなぜベルを人質に取ったのですか?」


「え?ああ。奴の目的ってことだよな…」


 唐突に窓から入ってきたピースケちゃんにチックの注意が向けられるが、それを諌めて話を続けるようにメルルが彼に声を掛けた。


「目的は…森の奥に向かう事?…奴ら俺らを案内に使いたかったみたいなんだ」


「チック、ちょっと待っておくれ。…その男の目的はベルじゃないってことかい?」


 ベルの母親らしきご夫人がチックにそう尋ねかけた。チックも人質と表現していたが、人攫いが目的ならばおかしな表現だ。そもそも、アントルドンが今更人攫いに精を出すとは思えない。


「ベルが森は危険だから直ぐに帰るように言ったら、奴らは俺らにこの森について詳しいのか聞いていたんだ。そりゃ、今は立ち入れないけど普段は庭のようなところだしな。もちろん詳しいって答えたさ」


 チックが実際にどこまで森に詳しいかは知らないが、少なくとも一般人よりは詳しいはずだ。…そもそも森の危険性を説いているのだから詳しいと答える他は無い。


「そしたらあの男、目の色を変えて俺らに案内しろって命令してきたんだ!直ぐにベルが人質にとられちまってよ。俺もタックも言うこと聞くしかなかったんだ…」


 そのときの行動を後悔するようにチックはしょげるように肩を落とす。その様子を見てご婦人は人質に取られるベルが悪いと彼を励ますように声を掛ける。しかし、彼女自身もチックと同じようにどこか後悔するようなそぶりが見えた。


「奴が案内を頼んだのは森の奥の遺跡までだ!だから多分、まだその道中にいるはずだよ!」


 ベルとタックを助けてくれと、周囲の人間に訴えかけるようにチックはそう言い放った。もちろん、チックに頼まれなくても皆はそのつもりだ。彼の言葉に周囲の人間は頷いた。


「遺跡…というのは祭祀場のことですな。…ですが一体何のためにそんな所に…」


「ああ、森の奥にそういった場所があるのです。古い時代の…今となっては石の舞台と石柱が並んでいる広場に過ぎないのですが…」


 レポロさんが祭祀場という言葉を口に出し、それについてまったく知識の無い俺らにウォッチさんが説明をしてくれる。だが、それでも結局アントルドンの目的を窺い知ることはできない。それはレポロさんやウォッチさんも同じようで、わざわざベルを人質に取ってまでそこに向かおうとしているアントルドンの行動に首を傾げている。


「それで…チック。あんたの怪我はその男にやられたんだね。…少なくとも戦える人間ということかい」


 彼の発言によれば、チックとタックはベルを人質に取られてその祭祀場まで案内する羽目になったはずだ。その彼が今ここに居るということは、戦闘に陥って敗走したのだろうか。


「いや、そんなことしたらベルが危ないだろ?だからよ。俺、一回死んでみたんだ!名案だろ?」


 ご婦人の発言を否定して、チックはそう言い放った。その表情はどこか得意気で、死んでみたという不穏な単語はどうにも不釣合いだ。


「ベルが人質に取られて森を案内しろって言われたけどよ、遺跡に着く頃にはもう殆ど日が暮れてたんだよ。だから、その近くの崖からわざと下に落ちたってわけ。…俺が逃げたりしたらベルがどうなるかわかんないが、崖から落ちて死んだなら酷い目には会わないはずだろ?」


 ベルが人質に取られたことにより、チックとタックは逃げて助けを呼びに街へ向かうこともできずにいた。だからこそ、チックは事故に見せかけて死んだふりをしてみせたのだろう。…だが、自信満々にそう言い放ったチックにタルテは冷ややかな目を向けた。


「なに言うのです…!少し間違えれば死んでいましたよ…!折れた骨が動脈を傷付けなかったのは偶然です…!」


「いっ!?痛い痛い痛い!!まっぁああ!何でこんなにいぃぃい!?痛い…の…」


 タルテがチックの肩に手を添えると、大して力を込めているようには見えないのにチックは大げさに痛がりはじめた。どうやら命に別状の無い場所は治療を施してはいないようで、それだけの怪我を彼は負っているというわけだ。


「もう…!そのやり方をしていいのは…もっと回復力が極まってからです…!次の瞬間には治るからこそ…拳が壊れる威力で殴れるのです…!」


「チック…あんたそんな無茶をして…。確かにベルを守れとは言ったけど、あんたが死んだら意味無いんだよ…」


「でも…ほら、教わった身体強化で治癒力が上がってるんだよ。俺だって死ぬまではいかないって自信があったから飛び降りたんだ」


 タルテの責める視線とご婦人の心配する視線を受けて、慌てて言い訳をするようにそう言い放った。随分と無茶をしたようだが、だがそのお陰でベルとタックの手がかりをこうして届けることができたため、お手柄ともいえるだろう。それを理解しているからか二人もこれ以上は何も言いはしなかった。


「…まずは手の空いている狩人達を向かわせましょう。…半数は最短ルートで祭祀場まで。残りの半数はチックが通った道を辿る様に…。…ギルド長」


「ああ、それでかまわねぇ。ただ、あまり不用意に手を出さないように周知させろ。一番重要なのは人質になっているベルの安全だ」


 チックの話を聞いてウォッチさんとギルド長は本後の方針を組み立てていく。攫われた後輩を助けるために、狩人達は呼応するように足を踏み鳴らした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る