第564話 帰り道で拾ったもの

◇帰り道で拾ったもの◇


「チック!今までどこに居たんだ!い、いや…それよりもその怪我っ!」


 俺がチックをそっと床に下ろすと同時に、ウォッチさんが駆け寄ってくる。彼は何が起きたのか推理するためにか、怪我まみれのチックと血の鎧を纏った俺を交互にみる。しかし、チックは安心感からか気絶し、更には俺の不可解な恰好のせいかどうにも推測できずにいるようだ。


 ウォッチさんの次にチックに駆け寄ったのはタルテだ。タルテも何が起きたのか気になるだろうに、彼女は淡々とチックに治療を施してゆく。擦り傷や内出血程度の傷はあえて治さないため、チックの見た目はそこまで変わらないが、ヒューヒューと漏れ出る空気の音が混じっていたチックの呼吸音が正常なものへと変わってゆく。


「ねぇハルト。どういうこと?何でハルトがチック君を連れてきてるの?…王都に行ってたんだよね?」


「帰りがけに拾ったんだよ。俺だって詳しい話はここからだ。…狩人ギルドの様子を見るに…騒ぎにはなっているようだな」


「本当に見つけたのは偶然ですわ。空から森を眺めていたら丁度、森の切れ目に彼が倒れていましたの」


 メルルが俺の体に纏わりついた血の鎧を解くと、今度はナナが俺に近寄って小声で尋ねてくる。だが、残然ながら彼女の疑問に答えられるほど俺の持っている情報は多くはない。王都からの帰りに行きと同じように空を飛んで向かっていると、森の中で倒れているチックを見つけただけなのだ。


 チックは意識が虚ろでちゃんと答えられる状況ではなかったし、周囲を調べることもできたが結局はチックの治療を優先して直ぐに街に帰ってきたのだ。後は彼女達の知るところ。風でタルテの声を探してそのまま狩人ギルドになだれ込んだのだ。


 血の魔法を解いたメルルはそのまま身をナナに預けるように寄りかかる。疲労の色が見えるメルルをナナは抱きかかえるように近くの椅子へと運んで座らせた。そしてその隣にナナも腰掛けると、互いの知る情報を擦り合わせ始めた。


「ナナとタルテがここに居るということは…どうやら襲撃は無かったようですわね。ですが、その代わりにおきた騒動が…」


「うん。昨日から帰ってなかったみたいで皆で捜索しようとしてた所。それで、チック君だけ?タック君とベルちゃんは居なかったの…!?」


「…行方不明は三人ということですか。残念ながら見つけられたのはチックだけですわ」


 狩人ギルドにいる面々がナナとメルルの会話に注目をする。駆け込んだ時点で狩人ギルドが通常営業していないことには気づいていたが、どうやら三人が行方不明になったことで騒いでいたらしい。


 注目する面々はメルルのチックしか見ていないという言葉に落胆するように肩を落とした。特にその反応が顕著であったのは少しばかり年嵩のいったご婦人だ。彼女はタルテが治療を終えたのを確認すると、ゆっくりと床で横になっているチックに歩み寄った。


「…チック。あの子は…あの子はどこに行ったんだい…」


 聞き出すというより、縋るような声でご婦人はチックに声を掛ける。妙に静けさに包まれた狩人ギルドの中で、その声だけが妙に響いた。


「待ってくださいね…!今…目を覚まさせますので…!」


 治療を終えてすやすやと寝息を立てるチックの額にタルテが手を当てる。本来ならば体を休めるために寝かしておいたほうがよいのだが、流石にそれは状況が許してはくれないようだ。


「…あぁ…うん…?」


 少しばかり間抜けな声を上げてチックが目を覚ます。そして、自分の置かれた状況を確認するように周囲を見渡す。そして彼に縋りつくように身を寄せていたご婦人の顔を見ると、彼はガバリと勢い良く上半身を起き上がらせた。


「おばさん…!大変なんだ!ベルが!ベルが攫われちまった!」


「攫われた…!?…一体何があったって言うんだい…」


 チックの言葉にご婦人は貧血を起こしたようによろめいたが、直ぐに我に返ると力強い眼差しでチックを見つめてそう言葉を掛けた。…先ほどは、どこかか弱い女性のようにも見えたが、その眼差しには芯の強さが感じられた。


 逆に他の面々はチックの言葉に驚きを隠せないでいる。彼の置かれていた状況からして、てっきり森で魔物に襲われたと思っていたのだろう。チックの怪我は刀傷などではなかったため、俺も魔物に襲われて怪我をしたのだろうと思っていたのだが、どうやらその予想は間違いであったらしい。


「ごめんよ。おばさん。俺…ベルを守るって約束したのに…」


「…いいから。…チック。いいかい?起きた事を一から順に説明しな…!」


 ご婦人は自分を落ち着かせようと息をゆっくりと吐き出してから、淡々とチックに話しかけた。二人の言葉からして、このご婦人はベルの母親なのだろう。自分の娘が攫われたと聞いても、我を忘れずに冷静に対処しているが、言葉の節々には冷静に努めようという姿勢が見て取れた。


「俺ら街道沿いの森で枝拾いをしてたんだ。そしたら、変な男が近寄ってきてよ。…もちろん警戒はしたさ。普段なら街の人も入る所だけど、今はこんな状況だろ?普通の人なら居るはず無いって…」


 チックはご婦人の言葉に促されて、自分達の身に起きた事を説明し始める。その言葉に皆は口を挟むことなく耳を傾けた。


「でも、街で見ない男だから逆にベルが心配しちまって…。もしかしたら森の状況を知らない奴なのかもって。それでベルが危ないから街に戻ったほうがいいって声を掛けたら、人質にとられちまったんだよ!」


 少しばかり言葉が足りてはいないが、なんとか状況は想像できる。…警戒はしたものの話しかけたということは一般人の恰好だったのだろうか。少なくとも山賊のような者であったら流石にベルも声を掛けることは無いはずだ。


「そんときは気が付かなかったけどよ。俺、あいつ知ってるぜ!…確か指輪の事件のときに来てた奴だ!間違いねぇ」


 断言するようにチックはそう言葉を放った。その内容に思わず俺やメルルは眉を吊り上げた。同じくその言葉に狩人ギルドの中に居た数人の人間がうなり声を上げて少しばかり周囲がざわめいた。


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