第563話 風は門では止められない
◇風は門では止められない◇
「おうぃ。戻ったぞ!…まだ見つかってないんだよな?」
ナナとタルテがどうするべきかと頭を悩ましていると、狩人ギルドの入り口からギルド長が戻ってきた。ギルド長の後ろには、メイバル男爵の所から連れて来たのかレポロさんの姿もある。恐らくベルに目をつけていたメイバル男爵の命でこちらに向かわせたのだろう。
だが、命令されたから来たと表現することはレポロさんに失礼かもしれない。レポロさんは純粋に三人を安否を心配しているようで、随分と顔色が優れない。
ギルド長はナナとタルテの姿を見て、ハルトに捜索を頼むことができたのかと問うようにウォッチさんに視線を向けるが、ウォッチさんは気まずい表情を浮かべて首を横に振った。
「…レポロさん。男爵様は何か言っていたかい?」
「…セイレン様。ナイデラ様も見ていて気の毒なほどに心配しておりましたよ。こちらにも駆けつけようとはしていましたが、不用意な接触は控えるというあなた様との約束もありましたので、私が邸宅に待機していただくように半ば強引に押し込んできました」
応接室にて待っていた母親らしき女性がレポロさんに声を掛けた。レポロさんは恭しい動作で彼女に挨拶すると、メイバル男爵の様子を彼女に伝えた。ナナとタルテには接触を控えるという約束など初耳ではあるが、思い至ることが無い訳ではない。
メイバル男爵は魔法使いであるベルを配下に加えたいようではあるが、勧誘などを積極にはしていないようであった。つまり、セイレンと呼ばれた女性はベルの母親であり、どうやったかは不明だが娘の自由意志を尊重するためにメイバル男爵と約束をしたのだろう。
レポロさんは彼女に、衛兵なども動かして行方不明の三人を探すように男爵が動いていると伝えるが、彼女の顔はどこか浮かばれない表情のままだ。娘の捜索に男爵が協力してくれるのは嬉しいが、同時に借りを作ることになるのが気がかりなのだろう。
「…あの、三人が最後に目撃されたのはどこなのでしょうか?」
「あとあと…家に帰ってないって事は…昼間は誰か会ったんですよね…?」
まだ三人が行方不明になったということしか知らないナナとタルテはウォッチさんに詳しい状況を尋ねる。もちろんナナとタルテの協力を拒むつもりは無いようで、ウォッチさんは事細かく状況を説明し始めた。
「三人は昨日、森に柴刈りに向かいました。依頼ではないのですが私にも向かうことを報告してくれましたし、日中に何度か戻って門に集めた雑木を置きに来ていたことを複数人に目撃されています」
「…森に入ったのですか?確か森は…」
三人にとってはまだ危険だから依頼は受けられなかったはずではと、そこまでは言葉にはしないがナナがその様な意味を込めてウォッチさんに声を返す。
「森といっても街道沿いの外周部だけですよ。住人が森に入れないせいで焚付け用の木切れが不足しているので、わざわざあの三人が街のために無償で集めていたのです」
「お嬢さん達のおかげで、危機管理にもちゃんと気を配れるようになったから、深入りしないという条件で俺が許可を出したんだ」
「もちろん、あの三人が依頼も無しに自発的にやってくれたので無償という形でしたが、後追いで領府から報奨金をだす予定でしたよ」
ナナの疑問にウォッチさん、ギルド長、レポロさんがそれぞれ引き継ぐように言葉を連ねた。そしてそれが事実であるのならば、三人は街の外で消息を絶ったという可能性が高い。それはつまり追うための手がかりが極端に減ることを示している。
「ウォッチさん!門兵に聞いてきたが、どうやら三人とも街に戻ってないらしいぞ!門兵の奴ら、こっちから聞いてようやくそのことに気がついたって感じだったぜ。もっとしっかり仕事しろっての」
そして追い討ちを掛けるようにギルドの中に二人組みの男が声を上げながら入ってくる。この前
街の人間として顔の知られていた三人は特に記録されることもなく門の外に出ていたのだが、そのせいもあって足取りを追う手掛かりが残っていなかったらしい。だからこそ、二人は昨日の門の警備を担当していた者達に話を聞きに行っていたのだ。
小さな村ならともかくこの規模の街では、門兵が全ての人間の帰還を把握しているわけではいないが、二人がなんとか思い出すようにと話を聞けば、そういえば帰って来た所を見た記憶がないと証言したそうだ。
「…減給ですな」
オクロとキャリバーの話を聞いてレポロさんが小さくそう呟いた。出入りする人間の量を考えれば仕方がないことのようにも思えるが、三人の心配をする人間達にはその道理は通じない。レポロさんの発言に多くの人間が静かに頷いた。
「どうしましょう…。ナナさん…。一先ずは森の周囲を探してみますか…?」
「そうだね。何か痕跡が残っているかも知れないし…。ああ、もう!こんなときにハルトが居れば話が早いのに…!」
彼が居れば常人には辿る事もできないわずかな痕跡すら見つけてしまうだろう。だが、彼は今はこの街には居ない。つい肝心なときに姿の見えないリーダーについ愚痴を漏らしてしまう。そしてそれと同時に彼にまかせっきりで碌な追跡技能がない自分を恥じ入ってしまった。
「帰ったぞ!タルテ!急患だ!平気そうだが肋骨が肺に刺さってる!」
だが、ナナのそんなぼやきに答えるように、狩人ギルドの中に一陣の風が舞い込んできた。血の鎧を纏った彼の姿はそれこそ新種の魔物のようで、ギルドの中の狩人が一斉に身構えるが直ぐにその腕の中に抱かれた存在に気がつき武器から手を離した。
「へへへ…。それよりも…大変なんだ。その話を…しなきゃ…」
「ほら、喋っては駄目ですわ。血は強引に止めていますが、ほとんど息が出来ていないでしょう?」
体中に擦り傷を負い、そこらじゅうが赤黒く腫れ上がっているが、それは行方不明のチックに間違いがない。彼は息も絶え絶えという状態ではあるが、自分は平気だとアピールするように周囲に笑みを向けてみせた。
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