第562話 消えた三人組

◇消えた三人組◇


「メイバル男爵のお家はどうしますか…?その…準備はしましたが私が残りましょうか…?」


 準備をして意気揚々と口元をぬぐった二人ではあるが、タルテが窓の外を見てナナにそう尋ねた。二人して外出するとなれば、必然的にメイバル男爵邸の監視をすることはできなくなる。そのことを心配したのだろうが、ナナはそれはもう構わないとタルテに答えた。


「もともと監視…というか夜間の警備をやるだけのつもりだったしね。それよりも今はあのギルド長の慌てる何かが起きたんだし、そっちに対応しなきゃ」


「…可哀相な獣ピティワームはもう見つかってないって言ってましたよね…。何か…他のトラブルが起きたのでしょうか…?」


 つい最近、ギルド長が慌ててメイバル男爵のもとに向かうような事態が起きたばかりだ。だからこそ二人はまた何か街に魔物が迫っているのではと警戒を強くする。少なくとも、狩人ギルドのギルド長が領主に報告する内容など大して種類が多いわけではない。税金や領府からの依頼を除けば、大半が魔物関係のトラブルの話だろう。


 そうともなれば、ここで暢気にメイバル男爵邸を見守っているわけには行かない。流石にギルド長を慌てさせるような案件が、ナナやタルテを釣るための陽動とは考えすぎだろう。向こうにはまだこちらの存在も露見していないのだ。


「とにかくまずは状況確認だね。…メイバル男爵の所に行くわけにはいかないから…まずはギルドに向かおうか」


「分かりました…!直ぐに向かいましょう…!」


 二人は宿を後にし、街の中を狩人ギルドに向かって移動してゆく。窓から見えていたときもそうであったが、街の光景はいつもとそう変わらず、非常事態に陥っているわけではない。ナナとタルテは森に何か異変が起きたと予想したが、まだ警鐘が鳴らされていないことから時間的猶予はあるはずだろう。それでも次の瞬間にでも警鐘が鳴らされる可能性だってあるため、ナナは少しばかり厳しい視線を鐘楼に向けた。


 半裸で掛けてくギルド長を見ていなければ気がつかなかっただろうが、同業者と思われる狩人の仲には妙に浮き足立った者も散見した。周囲を探るように歩く彼らが何を知っているかは分からないが、何かいつもと違う状況が発生している事を裏付けているようで、自然とナナとタルテの足が速まってゆく。


「…見てください…。何か起きたのは間違いないようですね…」


「そうだね。…ただ、それほど焦っては無いみたいだから、騒動の始まりには間に合ったみたいだね」


 狩人ギルドの入り口を見て、タルテとナナはそう言葉をこぼした。他の狩人ギルドであれば、宵越しをした狩人の戻りで忙しくなる時間帯ではあるが、今この街の狩人ギルドは森での野営を控えるように公言している。そのため比較的人気の少なくなってくる時間帯ではあるのだが、狩人ギルドの前にはちょっとした人だかりができているのだ。


 集まっている人間は焦っているというよりは、どこか不安げな…あるいは悩ましそうな表情をしている。その様子にナナは魔物が街に迫っているという予想は間違いであったかと考えるが、どの道何かが起きているのならそれを確認する必要があるだろうと、タルテと伴って狩人ギルドの中へへと足を踏み入れた。


「あっ!お二人とも丁度良かった!丁度お話を聞こうと向かうところだったんです!」


 二人が狩人ギルドの中に入ると、受付に居たウォッチさんがのめり込む様に声を掛けてきた。その声に釣られるようにギルド内の人間の視線も二人に向くが、二人は視線を気にせずウォッチさんの下へと歩み寄る。


「あの何があったんですか?…慌てて掛けてゆくギルド長を見ましたけれど…」


「いや、それがベルちゃんにチックとタックが行方不明なんですよ!お二人のところに行ってませんか!?」


 縋るような眼差しでウォッチさんが二人に話しかけるが、その言葉の最中にもナナとタルテの後ろにベルやチック、タックの姿を探すが生憎と三人の姿はない。そのため、ウォッチさんはナナの回答を聞くまでもなく答えを悟ったようだが、それでもハルトとメルルの姿が見えないため、その二人と一緒に居るのではと淡い希望を抱くように回答を待った。


「き、来ていないです。三人とは一昨日から会えてなくて…」


「あのあの…!?行方不明ってどういうことでしょうか…!?」


 まさか三人が行方不明になっているとは思わず、ナナは驚愕を胸の内に押さえ込み、何とか答えを吐き出した。ナナと同じく驚愕したタルテではあるが、彼女は驚愕の思いをそのまま言葉に込めてウォッチさんに尋ね返した。


「ああ…そうです…か。その…三人が昨晩から家に帰っていないようでして…。彼らには泊まるような依頼もまったく斡旋していないのですが…」


 ウォッチさんはナナの回答に落胆しながらも、二人に状況を説明するためにそう言った。そして彼の視線はチラリとギルドの応接室へと向けられる。開け放たれた扉の向こうには、勝気そうな女性が不安そうに事態の成り行きを見守っており、ナナとタルテと視線が合うと、彼女は小さく目礼を返した。


 恐らくは誰かの家族…年齢からいって親御さんであろう。狩人として独り立ちしている彼ら三人であるが、年齢から言ってまだまだ親の庇護下にある存在だ。それに彼ら三人はこの町で生まれ育った狩人であるため、未だに実家に住んでいるほうが自然だろう。要するに、狩人ギルドに向かったのに昨晩は帰ってこなかったから、こうして保護者が狩人ギルドにやってきたというわけだ。


 自分の命の責任は自分でとる自助の側面が強い狩人だが、だからといってギルドは狩人の生死に無頓着というわけではない。むしろ、共助組織としての側面が強いためこうして三人の安否を確認するために騒がしくなっているのだろう。


「あの…ハルトさんは…どちらに…?ギルド長が彼を頼れと。彼ならば直ぐに三人を見つけられるはずだと…」


「ごめんなさい。ハルトは王都に急用で戻っていまして…用事が終わり次第直ぐに戻ってくることになってはいるのですが…」


 戦場で互いの風を触れ合わしたため、風魔法を使うギルド長は同じ風魔法使いのハルトの力量を知っている。風魔法に独自の感覚を乗せることができるハーフリングだと気づいているかは不明であるが、少なくとも風を用いた感知能力は自分より数段上手だと判断したのだろう。


 だが、残念ながらハルトは今この町にはいない。もしかしたら既に向かってきている可能性もあるが、確証の無い事なのでそれを言って余計な期待をさせるわけにはいかない。ナナは申し訳ない気持ちになりながらも、力に慣れるのは自分たち二人だけだと彼に伝えた。


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