第560話 気味の悪い家宝

◇気味の悪い家宝◇


「シャリアン様。私たちは狩人ですわよ?いくらなんでもそんな依頼は受けませんわ。…傭兵もこなす方なら金額しだいで特殊なことも引き受けますが…流石に貴族相手に盗みを働くなど…」


 シャリアンの疑いを晴らすようにメルルがそう言った。事実、たとえそれが盗み返すためという大儀があったとしても、あまりにリスクが高い。もちろん貴金属を狙って貴族宅を狙う窃盗団もいないことはないだろうが、その様な者に象徴品レガリアの回収を依頼するなど、よほど太い伝とかなりの金額を必要とするはずだ。


 果たしてメイバル男爵はそんな伝と金をもつ人間なのかと逆に問うようにメルルがシャリアンを見つめ返す。シャリアンは本気で俺らのことを疑っていた訳ではないようで、すぐに警戒心を解くように顔を綻ばせて見せた。


「ふふふ。私としては盗んでもらっても良かったんだけどね。…あんな気味の悪いものを象徴品レガリアにしたご先祖様の気が知れないわ」


「気味の悪い…ですか?…もしかして、何か呪いのような逸話とかが…」


 所有者に不幸を齎す宝石だとか、座ったものを呪い殺す椅子だとか、そういう呪物の類は人の好奇心を刺激するのか噂として様々な場所で語られている。むしろ、そういった噂の品が噂で済まず呪物として実在するからこそ、警戒のために噂として伝播していくのだろうか。


 象徴品レガリアともなれば、メルルの言うように呪いがこびり付いる可能性もあるのだろう。付喪神の概念に似ているが、古い品はそれだけで存在の格を高め、呪物の媒体としての適正が高くなるのだ。それどころか長期に渡って人から向けられる思念を蓄え、天然の呪物として変貌する事だってある。…大切にされることで神秘が宿り、所有者に幸福を齎すと言われる妖精の首飾りも根本的には同じものだ。


「…初めからこの話をすればよかったわね。その反応を見れば疑いもしなかったわ」


 シャリアンは少し呆れたような声色でそう呟いた。メルルを見て言った言葉ではあるが、その呆れは自分自身に向けられたものなのだろう。


「まぁ、そうよね。象徴品レガリアって言ったら…冠だとか…宝剣に宝石…そういった物が普通なのかしら?でも、残念ながらメイバル家の象徴品レガリアはそんな煌びやかな物じゃないの」


「もう、もったいぶらずに教えてくださいまし。そこまで聞いたら気になってしょうがないですわ」


 俺らの興味を引かせるように、会話に溜めを入れるシャリアンにメルルが文句を言う。そんなメルルの反応を楽しみながら、シャリアンは話の続きを口にした。


「メイバル家の象徴品レガリアはね…、なんと頭蓋骨の仮面なのよ?人の頭蓋じゃなくて竜の頭蓋を使ってるらしいけど…どっちにしても悪趣味としか思えないわ。だから私としては盗んでもらっても全然かまわないってわけ。あんな物がこの家のどこかにあるだなんて考えただけでも寒気がするわ」


「それはまた…、独特な象徴品レガリアですわね」


「言っておくけど…あなた達の想像以上に気持ちの悪い品よ?こう…顔の上半分を隠す感じで、下側に歯が並んでるの。それで、後頭部のほうにもさっと縮れた針金みたいな毛が束になってて…ああもう…見て、この鳥肌。思い出しただけでこれよ」


 身振り手振りでその頭蓋の仮面の形状をシャリアンが説明するが、その説明よりも彼女の引きつった顔が何よりもその象徴品レガリアの気持ち悪さを語っている。


 どうやら、象徴品レガリアは呪いの逸話はないようだが呪物としか思えない外見をしているらしい。彼女がご先祖様のセンスを疑ったのも頷ける。もしかしたらウンバボウンバボ言いながらマンモスを狩り、頭蓋の仮面を被るのが最先端ファッションだった頃からの品かもしれないが、流石にメイバル男爵家の歴史が古いといってもそこまでではないだろう。


「ほんと…さっさと指輪と引き換えに実家に引き渡してくれないかしら。あの人も何をそんなに固執してるんだか…」


「嫌がらせのために盗んだのでしたっけ。…確かにアントルドン様のお考えがわかりませんわね」


 他に何か盗んだ理由があるのではないかという意味を込めてメルルがそう言葉を紡ぐが、シャリアンも他に思い当たる理由がなくて首を傾げている。


 そして、メルルはちらりと俺にも確認を取るように視線を投げかけてくる。だが、俺は彼女の視線に対し、否定の意味を込めて首を横に振ってみせた。


『…今のところ見つからないな。そんな気味の悪い仮面なら直ぐに見つかりそうだが…』


 風を使ってメルルにしか分からないように声を飛ばす。シャリアンから象徴品レガリアの外見を聞いて即座に屋敷内を風で探ったのだが、残念ながらそんな仮面は見つからなかったのだ。荒く探っただけなので見落としていたり、あるいは完全に密閉された場所に隠されている可能性もあるが…。


「あ。そうだ。あなた達、兄さんの所には戻るのよね?」


「え、ええ。シャリアン様はお疑いのようですが…私たちはシャリアン様の様子を伺ってくるように頼まれていますので…」


 ふと、何かを思い出したかのようにシャリアンは俺らに声を掛けてきた。彼女もメイバル男爵を邪険にしてはいるが、そこまで嫌っている訳ではないようだ。何か伝言でもあるのかとメルルが彼女の言葉を待つ。


「これもいい機会ね。あなた達も兄さんにさっさとあの人との蟠りを解くように伝えてほしいの。…というのもね、もしかしたら象徴品レガリアが盗まれたことが明るみに出そうなの。あ、別にあなた達が風潮するって言いたいわけじゃないのよ?」


 …もしかしたらシャリアンは俺らに話したような調子で、他の者にも象徴品レガリアが盗まれたことを話したのだろうか。そんな考えが俺の脳裏に過ぎるが、続く彼女の言葉が直ぐにその考えを打ち消した。


「私も詳しいことは知らないんだけれども…、象徴品レガリアを盗んだ人がまた何か犯罪をしでかたらしくて騎士団の人が探しているみたいなの。だから、象徴品レガリアの盗難まで騎士団の人に調べられてしまうかもしれないでしょ?」


「ええと、盗んだのはアントルドン様ではなかったのですか?」


「ああ、そうじゃなくて実行犯ってことね。最近、王都も騒がしいからあなた達も聞いたことあるのではないかしら?ほら、ヴィロートって指名手配犯。あの男…昔、あの人の下で働いていたのよ」


 …やはり、ヴィロートはグレクソン元子爵ではなくアントルドンの下で働いていたらしい。推薦人であるグレクソン元子爵は名前だけ使われたということなのだろう。聞きたかったことが聞けて、メルルはにっこりと笑みを浮かべてみせる。シャリアンはその笑みを了承と受け取ったのか、兄さんにも指名手配犯のことを伝えてねと小さく呟いた。


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