第559話 あいつはとんでもない物を盗んできました

◇あいつはとんでもない物を盗んできました◇


「アントルドン様がメイバル男爵家の象徴品レガリアを盗んだ…ですか。その…疑うわけじゃないのですが本当のことなのでしょうか?」


 言葉を選ぶようにしながらも、メルルはシャリアンにそう尋ねかけた。その表情はいやに深刻そうであり、シャリアンの語った話の真偽を探っているようだ。俺はその象徴品レガリアがどんな物なのかを理解してはいないが、メルルの表情はそれが非常に重要な物だと教えてくれている。


 一方、シャリアンの方はメルルのうろたえた様子を見て彼女は満足そうに頬を吊り上げている。シャリアンの中でもその話題は自信のある特ダネだったのだろう。ある意味では彼女は当事者であり、人事のように話す話題では無いとは思うのだが、彼女からしてみればもしかしたら他人事のように思っているのかもしれない。


「ええ。あの人がこの家に持ち込んだそれを見ましたもの。間違いないわ。…兄さんに嫌がらせをしたかったのでしょうけど、明らかに嫌がらせの範疇を超えているものだから、お義父様が血相を抱えて兄さんのもとに向かったの」


「…それはグレクソン様も慌てるでしょうね。実の息子が他所の家の象徴品レガリアを盗んできたとなれば…」


 あの事件が起きた要因を知ってメルルは思考を巡らせる様に口元に指を当てて考え込んだ。


「あら、貴方はいまいち理解していないようね。…従者ならこれぐらいは知っていなくては駄目よ?」


「え、ああ、すいません。…その…象徴品レガリアというのはグレクソン子爵が託した指輪のような物なのでしょうか?」


 ふとシャリアンの視線が俺に向くと、彼女は話に着いて行けなくなりつつある俺をからかう様にそう言った。象徴品レガリアがどのような物かは理解はできているが、厳密に把握している訳ではないのだ。俺はシャリアンに対して質問を口にしたが、俺の言葉を聞いてシャリアンではなくメルルが代わりに俺に説明をしてくれる。


「ハルト様。爵位を示す紋章指輪と象徴品レガリアは似ておりますが…、その成り立ちがまったく逆なのですわ。爵位を持つ者が他者に爵位を示すために作るものが紋章指輪でありますが…象徴品レガリアはそれを持つが故に爵位を持つことができるのです。…この国の法というよりは…所謂慣例に倣った考え方でありますが…」


 俺はメルルの言葉を聞いて象徴品レガリアというものを理解する。その象徴品レガリアと紋章指輪は勇者の使う伝説の剣のようなものなのだろう。勇者にしか抜くことができないため、抜けば勇者と認められる伝説の剣と、勇者が使っていたが故に伝説となった単に強力な剣では、同じ伝説の剣でも価値は天と地ほども離れている。前者はそれこそ天から授かった神話級の剣であるのに対し、後者は言ってしまえばただの剣だ。俺もこの前なんちゃって勇者の剣を破砕した訳だし、所詮はその程度の物なのだ。…まぁ、随分と悪辣な魔剣ではあったが…。


 象徴品レガリアが盗難されたなどメイバル男爵との挨拶ではまったく出てこなかった話であるが、彼が語らなかったのも頷ける話ではある。メルルの話したとおりであるのならば、象徴品レガリアを盗まれたということは、一時的であっても男爵ではなく唯のおっさんであった時期が存在するということだ。そんなこと他人に語るどころか知られるわけにもいかない秘密であるはずだ。こんな席でそれを打ち明けるシャリアンのほうが異例なのだろう。


「だから、お義父様が兄さんに託した指輪は、謝罪…というか象徴品レガリアの代わりなのよ。決して信頼の証などではないわ」


「…象徴品レガリアの代わりに指輪をですか…。…?あの、少々よろしいですか?…そもそも、グレクソン様は象徴品レガリアを返しに行ったときに事故を起こされたのですよね?」


 シャリアンとメルルの会話には、どうも何かを掛け違いしているような違和感が漂っている。メルルもその違和感には気づいているようで、少しばかり混乱したようにシャリアンに質問を投げかける。


「あら、違うわよ。象徴品レガリアは直ぐにあの人が隠してしまったわ。だからお義父様は仕方無しにまずは兄さんに事を打ち明けに行ったのでしょうね。…それで事故を起こしてしまって、指輪を渡すことになったわけ」


 シャリアンはそう語ると一息入れるように紅茶で喉を潤す。一方、俺とメルルはとてもじゃないが紅茶の味を楽しめるような状況ではない。彼女は直接的に明言したわけではないが、その言葉を並べれば象徴品レガリアが現在誰が持っているかを推測することができる。


「…象徴品レガリアは…まだアントルドン様が持っているのでしょうか?」


 恐る恐る、事実を確認するようにメルルがシャリアンに尋ねる。その言葉を聞いたシャリアンは特に秘密にするような素振りはなく、あくまでも他人事のように答えてみせた。


「あれから私も見てはいないけど、多分まだ持っていると思うわよ?だってまだ兄さんから指輪が返ってきていないの。馬鹿よね。お互いに急所を握り合って何がしたいのかしら」


 そもそもの話、俺たちはアントルドンの爵位に関する書類に偽造の痕跡があったことから、指輪をメイバル男爵が保有していると考えていた。それはつまりグレクソンが狙ったであろう象徴品レガリアと指輪の交換はなされていない事を示唆しており、その事実がシャリアンの語った未だにアントルドンが象徴品レガリアを保有しているという話の信憑性を増している。


「だから、あなたたちに目当ての物は見つかったかって尋ねたのよ?ほら、兄さんが象徴品レガリアを盗み返すために人を送り込んだと思ってたから…」


 つまり俺らのことを盗人と勘違いしていたのだろう。それでも会うことに応じたのは確信がなかったからか、それとも象徴品レガリアが誰の手に渡ろうとどうでも良いと考えているのか…。


 彼女の言葉からして既に俺らの疑いは晴れているようだが、それでも最後の確認とでもいうように笑みを浮かべながらも俺とメルルを探るように見つめていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る