第558話 羨む二人は相容れない

◇羨む二人は相容れない◇


「お父様ですか…?確かシャリアン様のお父様は早くにお亡くなりになったとナイデラ様に聞いておりましたが…?」


 メルルがシャリアンにそう尋ねた。恐らくは実の父ではなく義理の父親のことだとは思うが、念のため確認するためにそう尋ねたのだろう。しかし、今度はシャリアンがメルルの言葉に不思議そうな顔を浮かべる。だがその表情は一瞬の物で、直ぐに何かに気付いたのか軽く笑いながらメルルの言葉に答えた。


「やだ、そっちの父親じゃなくてアントルドンの父親よ。…それに私にとっても父親のような人かしら。正直、本当の父親は顔も覚えていないから、貴方が誰のことを言っているのか一瞬解らなかったわ」


 まさか自分でも完全に実の父親のことを失念しているとは思っていなかったのだろう。少しばかり感心しない内容の驚きではあるが、シャリアンは口元に手を当ててケラケラと笑ってみせる。草葉の影にいる実の父には悪い話ではあるが、むしろ彼女に勘違いさせるほどの父親代わりの人間がいた幸運を誇るべきなのだろうか。


 だが、その義理の父親も今は黄泉路を歩んでいるはずだ。アントルドンの悪さがばれて窮地に立たされたと言っていたが、それはつまり今現在の話ではないはずだ。一体何が起こったのかと興味深げな視線を向けるメルルに答えるように、シャリアンは更に言葉を紡いでゆく。


「あなた達、兄さんにはどこまで聞いているのかしら。アントルドンの父親の…グレクソン様のことは知っているの?」


「ええ。聞き及んでおりますわ。ナイデラ様もグレクソン様のことを父親代わりだと言っておりましたが…。そうですわね。そもそもの話、グレクソン様の話を聞いた折にマッティホープ子爵家に嫁いだシャリアン様のことが話題にでたのです…」


 シャリアンの事は物のついでに出てきた話だと思われたくは無いが、メルルは正直にメイバル男爵との会話の内容を打明けてみせる。残念ながら妹の様子を見てもらうためにわざわざ狩人を呼びつけたのではなく、狩人との会話の中で妹の話が挙がり、その状況を不穏に思ったメルルによって半ば強引に依頼を引き受けることになったのだ。


 シャリアンはその話を聞いても気に病むそぶりは見せないが、むしろほれ見たことかと…やはり兄は妹の心配などしていないのだと納得するように…あるいは呆れるように冷めた目でメルルの言葉を聞いている。


「ほら。やっぱり私を心配したなんてポーズなのよ。…大方、あなた達に妹を心配する兄を演出したくてそう言い出したのね」


「あの…、あまりそうメイバル男爵を邪険にしなくても…。あれは本気で心配しているように見えましたが…」


 俺は故郷に残してきた妹のことを思い出してしまい、シャリアンについ口を出してしまった。…マジェアにシャリアンのような態度を取られたら俺は悶死してしまうだろう。ただでさえナナの弟の毒牙にかかる可能性があるのに近くに居てやれないことを少しばかり後悔してしまう。…今晩にでも手紙を書こう。兄離れの一環と考えて手紙の頻度を一週間に一通に落としてはいたが流石に嫌われたくは無い。


 だが俺の言葉のせいか、あるいは俺はメルルとは違いまだ仲良くなっていないからか、シャリアンは刺すような視線で俺を睨みつけてくる。


「なによ。言っておくけど兄さんのことは貴方よりも私のほうが知っているの。…ほんと…男二人して勝手にやりあって…私はいつも蚊帳の外よ」


「やりあってということは…ナイデラ様とアントルドン様はあまり仲が宜しくないのですか?」


 俺の失態をカバーするように、即座にメルルがシャリアンに尋ねかけた。メルルの言葉によって彼女の脚気の矛先がずれ、二人の男…メイバル男爵とアントルドンの愚痴が彼女の口から止め処無く流れ始めた。


「そうよ。…お義父様の前では大人しかったけど、二人とも互いにいがみ合っていたわ。…もしかしたら父親が取られることが気に食わなかったのかもね。それこそ彼が私に婚約を申し出たのも兄さんへの当て付けかとも邪推したわ。ま、あながち間違ってもいなかったのかもね。結局、彼は私を愛してはいなかったの。…そうだ指輪の話は聞いたのでしょう?何でお義父様が兄さんに指輪を渡したか知ってるかしら?」


「え、ええと…、ナイデラ様はアントルドン様の後見人になって欲しかったからだと言っておりましたが…」


 シャリアンの勢いに乗った早口の愚痴に気押されながらも、メルルは彼女の言葉に答える。それを聞いてシャリアンは呆れたような顔を浮かべながら更に言葉を続けた。


「呆れた…。本当に呆れたわ。同時に情けなくなるほどよ。よくもまぁ有りもしない信頼を有ると言うことができるわね。…いい?お義父様が兄さんに指輪を託したのは、信頼でもなんでもないの。そうね。むしろ謝罪…あるいは対価とも言っていいわね」


「対価ですか?その…何か対価が必要な物をグレクソン様にお渡ししたのでしょうか?」


 対価と聞いてメルルは窺うようにシャリアンの顔を覗き込む。勝手に決められた婚姻であったと聞いた直後であるため、まさか彼女の身柄の代わりに指輪を託したのかと嫌な想像が思い浮かんでしまう。しかし彼女はメルルの内心を察して、違う違うと笑い飛ばすように詳しい内容を語る。


「私じゃないわよ。むしろ…人によっては私よりも重要な物かしら。イヴェルボーン家にはあるかしら?その家の象徴たる権威をしめす象徴品レガリアは。…メイバル家にはあるのよ。男爵程度にそんな物がとは思うかもだけれども、無駄に古い家だから…」


 そう言ってシャリアンは息継ぎをする。そして唐突に出てきた象徴品レガリアという単語に興味を引かれる俺達を焦らすように、ゆっくりとその続きを語り始めた。


「盗んだのよ。あの人。…ほんと馬鹿みたいでしょ?どうやってか妻の実家の家宝を盗み出したのよ?それに気がついたお義父様は、大慌てで兄さんのところに向かったってわけ。…それで事故を起こして…お義父様はあの人が殺したようなものね」


 途中までは旦那の馬鹿な行動を嘲笑うように語っていたものの、それが義理の父の死に繋がると、彼女は酷く悲しげな表情を浮かべた。アントルドンのやったことが面白いから笑ったのではない。余りにも呆れた行動にもう笑うしかないのだろう。


 僅かに潤んだ彼女の瞳が、その事件が彼女に与えた悲しみを静かに物語っていた。


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