第557話 愛は目に見えぬから偽装される

◇愛は目に見えぬから偽装される◇


「ナイデラ様がシャリアン様の心配をしない…ですか。どうやら私が会ったナイデラ様とシャリアン様の言うナイデラ様は別人のようですわね。…影武者でしょうか?」


 惚けたような台詞をはくメルルであるが、その言葉はあながち間違いという訳ではない。裏の目的はあるものの、俺らは妹のことを心配するメイバル男爵に頼まれてここまできたのだ。しかし、メルルの言葉を聞いてもなお、シャリアンは疑うような眼差しでメルルのことをみつめている。


 妹の様子を見てくれと頼まれたとき、なぜ自分で確認しないのかと思ってはいたが、もしかしたら妹のシャリアンは兄のことを嫌っており、それが原因で疎遠になっているのかもしれない。少なくともシャリアンの様子を見る限り、どうしても兄が自分のことを心配していたとは思えないようだ。


「そもそも貴方は兄さんとどういう関係なのかしら。この紹介状が嘘なら…ミレイの知り合いって訳じゃないのでしょう?」


「その紹介状の嘘はそこだけになりますわ。自己紹介で申しましたメルル・イヴェルボーンという名も本当のものです。…今日はこんな格好ですが、普段は狩人として活動していますの。その活動の折にメイバル男爵領に訪ねる機会がございまして、ナイデラ様とはそこで知見を得たのですわ」


「へぇ…。それで兄さんに依頼されたわけね。どう?お目当ての物は見つかったかしら?」


 シャリアンの疑問に答えるように、今度こそは本当のという名目でメルルが自分の肩書きを語る。それでも嘘が混じってはいるが、それは彼女にはあまり関係の無い嘘だ。シャリアンは狩人という肩書きに軽く驚いたようだが、直ぐに何か納得するように頷いた。


「見つかったと申しますか…、まぁ…一応確認は終わったと言ってよいのでしょうか。機嫌は悪いようですが、お体は健康そうでございますわね」


「…どういうことかしら」


「どういうことも何も…、先ほども少し触れましたが私はナイデラ様に妹の様子を見てきて欲しいと頼まれただけですわ。妹を心配するその願いを無碍にすることができずに、つい了承してしまいましたの」


 メルルの回答が自分の想像と違ったからか、シャリアンはメルルと視線を合わせてその真意を探ろうとする。しかし、逆に不思議そうな顔を浮かべたメルルに見詰め返され、彼女は少しばかりたじろいだ。


「それなら…貴方が兄さんの回し者ということかしら。さっきから黙っているけど、貴方はどこのどなたかしら?」


 そんなシャリアンが次に目を付けたのは俺だ。シャリアンはメイバル男爵が彼女のことを心配して人を寄越したということが信じられないようで、メルルのが本当に善意による協力者というのならば、それに同行している俺がメイバル男爵の忍ばせた回し者だと思ったのだろう。


 だが、それも間違いである。俺は自己紹介すると同時に狩人ギルドのタグを彼女に突きつけた。それで全てを証明できるわけではないが、俺のような若い者がメイバル男爵の回し者というより、狩人としての彼女のパーティーメンバーと言ったほうが真実味があるはずだ。


「あなた達…本当に私に会いに来ただけなのかしら…。兄さんから何か言われていることは無いの?」


「言われていると申しましても…、私も会えたら伝えることなどはないかと尋ねましたが、ナイデラ様はシャリアン様の無事が解ればそれで十分だと仰っておりましたわ」


 どうしてもメイバル男爵が純粋に妹の心配をして人を寄越したということが信じられないようで、尚も疑うような視線を俺らに向けてくる。こちらとしてもメイバル男爵からの依頼には虚偽が無いため、そう疑われても困ってしまう。やはり、最初に身分を偽ったのが誤りだったのか…。


 しかし、その兄妹間の蟠りにこそ俺らの知りたい情報が隠されているかもしれない。メルルは細心の注意を払いながら、それでいて不自然ではないように言葉を紡いでゆく。


「どうやら、私は間違いを犯してしまったのでしょうか。妹を心配する兄の願いだと思って安易に依頼を引き受けましたが…シャリアン様にはご迷惑でしたか?」


 シャリアンの罪悪感を刺激するように、メルルは縋るような視線を彼女に向ける。流石にシャリアンも居心地が悪いようで、苦し紛れにメルルから視線を逸らした。


「…あの人は領地のために私をこの家に売ったのよ?仕方が無いことだとは解っているけど、普通は一言相談するものでしょう?それなのに私が気付いたときには婚約が決まっていたのよ?…そんな兄が私を心配するだなんて有り得ると思うのかしら。そもそも、あの家は私が継ぐ可能性だってあったのよ。普通に考えれば厄介払いのような婚約だって誰もが思うでしょうね」


 溜まった文句を吐き出すようにシャリアンは一気にそう言い切った。その愚痴に耳を傾けながらも、メルルは嫌な顔一つせず彼女に寄り添うように相槌を打っている。


「確かにそれは勝手が過ぎますね…。…もしかして…この家はシャリアン様にとって居心地がよろしくないのでしょうか?」


 メルルの言葉に先ほどの執事の言動が思い起こされる。客ということで俺らには丁寧に接してはいたが、どうにもシャリアンを軽く見るような言動が見て取れていた。婚姻先を選べぬことなど貴族には良くあることではあるが、だからと言って文句の一つも無いと言うわけではない筈だ。


「…始めは…そうね。勝手に決められたことには腹が立ったけど、まぁマシなほうかと思いはしたわ。私に惚れて結婚を申し込まれたと言われて悪い気はしないじゃない?…でも、結局はあの人も私のメイバル家長女という肩書きが欲しかっただけ…」


 怒気を孕んだ愚痴を吐いたかと思えば、今度は憂いを帯びた表情でそう語る。その語り口に俺はどうにも場違いな所にいるような肩身の狭さを感じてしまうが、メルルはむしろ興味津々といった様子で身を乗り出すように彼女の話を聴いている。


「地位目当ての求婚ですか…。それはアントルドン様のことですわよね。お会いしたことはありませんが…私は許せそうにありませんわ」


「ふふふ。そう怒ってくれなくても大丈夫よ。あの人…結局自分の悪さがお義父様にばれて窮地に立たされたんだから」


 先ほどまでは互いに疑うような視線を交えていたのだが、何時の間にか相手を気遣うような視線に変わり、二人の会話が流れるように紡がれてゆく。ついつい聞き流してしまいそうになるが、アントルドンが窮地に立たされたという言葉は聞き流すわけにはいかない。それはメルルも同様であるようで、チラリと俺に視線で合図を送ってきた。


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