第555話 気まずい朝食

◇気まずい朝食◇


「うう…流石に…まだ少し気分が悪いですわね。ハルト様は大丈夫ですか?随分と飛ばしてもらったようですが」


 翌朝…というには少し遅い時間だが、まるで二日酔いのような顔色と表情のメルルが、朝食の席に顔を出した。夜間飛行によって無事に王都に辿り着いた俺らは、そのままメルルの実家の王都邸にお邪魔することとなったため、彼女の着席に合わせてメイドがいそいそと朝食を準備する。


 メルルの身の回りの世話をする物静かなメイド達は、ただでさえ目を離すとその存在を忘れてしまいそうになるほど存在感が希薄であるのに、以前にお邪魔したときよりもその人数が少ないようでより一層屋敷の中の人の気配を感じることができない。メルルが言うにはメイドは諜報員も兼ねているため多くが出払っているらしい。そもそも王都邸は王都に用事があるときしか利用していないため、これくらいの人数で十分なのだとか。


「一晩寝れば十分な程度しか使ってないさ。…メルルは大丈夫なのか?既に先触れの人を出したんだろ?」


 俺は何時もより豪勢な朝食に手をつけながら、メルルの容態を確認するようにそう言葉を掛けた。なるべく早く会うために既に向こうの予定を聞きに人を遣わせたらしいのだが、それこそメイバル男爵の時の様に今日にでも顔合わせが叶うかもしれない。早いに越したことは無いのだろうが、今のメルルにとってはあまり好ましいとはいえないだろう。


「タルテの薬も貰っていますし昼までにはもっと回復いたしますわ。身体が休まなくなるから寝る前には服用を禁止されていましたの」


 そう言いながらメルルは子袋を取り出し、空き皿の上にその中身を出し始めた。ジャラジャラと音を立てて子袋から流れ出たのは鈍い赤黒い発色の丸薬だ。タルテ謹製のそれは造血薬と呼ばれるもので、それもメルルの体質に合わせたオーダーメイドたる一品だ。問題は効力が強すぎるが故に身体に負荷をかけるため乱用は厳禁ということだ。この前の怪我をした狩人のように、治療で体力を使った直後にはとてもじゃないが使うことはできない。


 見ればメルルの朝食の内容は俺と異なっており、レバーペーストにレーズンとナッツのサラダなど、タルテから聞いたのだろう、血を増やすのに向いた献立になっている。メルルは渋そうな顔をしたあと躊躇しながら丸薬を口に運ぶ。そしてすかさずミルクに手を伸ばすと丸薬ごと一気に飲み込んだ。その渋い顔は飲み込んだ後も治っておらず、いかにその丸薬の味が悪いかが伝わってくる。


「相変わらず飲み慣れませんわね。…もしかしたら、あまり服用回数を増やさないために…あえてタルテはこんな味にしたのでしょうか」


「調薬を手伝ったことはあるが、一応はどれも薬効のある物しか入れてなかったぞ?確か…苦虫に…赤銅ミミ…すまん。飯時に話す内容じゃなかったな…」


 造血薬を飲んだというのに、より顔を青くしたメルルが微妙な表情で俺を見つめていた。傍らのメイドも俺の発言を責めるような視線を向けている。俺はその無言の訴えに堪らず口を閉じた。確かにあまり女性とっては知りたくない原材料だろう。まだ語ったのが苦虫と赤銅ミミズだからそこまでダメージは無いはずだ。


 俺は誤魔化すように目の前の朝食に手を伸ばした。メルルも流石にこれ以上俺を責めるつもりは無い様で、彼女も朝食に手を伸ばし始めた。メルルの食べるペースは遅く、どこか食欲が失せてしまっているように見えるが俺のせいではないと願いたい。


「お嬢様。…お返事のほうが届きました」


「…もう来たのですか?まだ先触れを出したばかりでしょうに…」


「どうやらその場でお返事をいただけたそうです」


 少しばかり気まずい朝食の席で、一人のメイドがメルルの下に歩み寄ると小さな声で耳打ちをした。メルルはその内容を聞くと、思わずメイドの顔を見ながらその報告を問いただすように口を開いた。メイドはメルルに答えると同時に書付を彼女に差し出した。メルルはその書付を手に取り内容を確認する。そしてその長い睫毛をパシパシと叩きつけるように目を瞬かせた。


「…どうやら今日の夕方にお会いになってくださるそうです。お返事が早ければご挨拶もこんなに早いとは…。…血筋でしょうか?」


「…たまたまじゃないか?ほら、旦那が居ない今だからこそ時間が都合しやすいとかあるだろ。それか…旦那が居るとプライベートなことに文句を言われるとか…」


「そんな、若いツバメを囲っているご婦人じゃないのですから…。流石に私達に会うのに夫の目を盗む必要はないではありませんか」


 俺は関白亭主のような奴を想像してそう言ったのだが、メルルには通じなかったようだ。…そう言えばメルルの家はかなりのかかあ天下だとナナが言っていた。…ナナの家もかかあ天下気味なのだが、そのナナが言うのだからメルルの家は相当のかかあ天下なのだろう。確か…メルルの父親は入り婿で、ゼネルカーナ家の当主は彼女の母親が着いていたはずだ。関係無い筈なのだが、どうにも哀愁漂うナナの親父さんの顔が思い起こってしまう。


「ハルト様?どういたしました?そのような妙な表情を浮かべて…。もしかして、夕方の面会では何か都合が悪いのでしょうか?」


「え?いや、なんでもない。会うのも夕方で問題ないぞ」


 メルルの声によって脳裏の親父さんが掻き消える。俺の頭の中の妙な想像とは裏腹にメルルは今後の予定をしっかりと考えているようだ。合法的にマッティホープ子爵邸の中に入れるということで、俺も彼女の護衛として同席する予定になっている。彼女がシャリアンと話している間、俺は風で館の中を探る手筈になっているのだ。


 もしかしたら、それこそヴィロートが匿われている可能性がある。バグサファ地方で姿を眩ませた奴が王都に舞い戻っているとは考えづらいが、奴の生活圏が王都であったことを踏まえれば、絶対にありえないとは言い切れないのだ。


「それでは、私は時間まで休ませてもらいますから、ハルト様はごゆるりとお過ごしくださいな。…ですが、あまり遊び歩くのは控えてくださいね」


「あ、ああ。お大事にな。…俺は書庫で本でも読ませてもらうよ」


 シャリアンと会うためにわざわざ王都まで急ぎ戻ってきたのだ。あまり勝手なことをして想定外のことを引き起こさないで欲しいと思っているのだろう。どこか時間まで大人しくしてろと聞こえるメルルの言葉に俺はぎこちなく頷いた。


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