第553話 街は未だ平穏で

◇街は未だ平穏で◇


「あの…よかったんですか…?アントルドンさんがこの街に来てることを教えなくて…。確か…討ち入りするかもなんですよね…?」


 メイバル男爵邸からの帰り、心配そうな声でタルテがそう小さく聞いてきた。タルテは悲劇が近いうちに引き起こる可能性を恐れているのだろう。それこそ、面会したナイデラ・メイバル男爵が善良そうに見えたため、その思いは強くなったはずだ。タルテの言葉を聞いてメルルはタルテの頭を撫でながら、彼女に囁くようにして答えた。


「問題ありませんわ。…恐らく、メイバル男爵はアントルドン子爵が訪れていることに気がついています」


 そうですよねと尋ねかけるように俺にメルルの視線が注がれた。俺はその視線に答えるように口を開いた。タルテに伝えると顔に出てしまう可能性があったため伝えていなかったが、俺とメルルはあの場で随分と内緒話をしていたのだ。


「何回かレポロさんが男爵に耳打ちしていただろ?あれはアントルドンの行動を報告していたんだ。…気付かれないようにしてはいたが、俺らに対してもかなりの警戒心があったぞ」


「あれは私達を怪しんでいるというより、もしもに対して備えているって感じだったけどね」


 俺らはメルルとメイバル男爵の会話をただ聞いていただけではない。特に俺は風を用いて屋敷の中を探っていたのだが、随分と厳重な警備体制が敷かれていたのだ。一見しただけでは分からないが、俺らが暴れたとしても直ぐに制圧できるように隣の部屋には十人もの衛兵が詰めていたのだ。


「そうですわね。その警戒している状態で私達に会ったのは私達が敵か味方、あるいは関係のない第三者なのか見極める算段もあったのでしょう。魔法使いが四人ともなれば無視できる存在ではありませんので…」


 会うに当たって武器は全部預けることとなったし、家宰のレポロさんが執事のように振舞っていたのも、俺らのことを見極める目的があったのだろう。だからこそ、メルルはたまたまこの領地を訪れた関係のない第三者として振舞うために、あえてアントルドンのことは語らなかった。


 メイバル男爵には、恐らくレポロさんから俺らのことが報告されていたはずだ。その際にヴィロートのことを探っていたためにマッティホープ子爵との関係を怪しまれてしまっている。だからこそ、先ほどの状況でアントルドンの名前を出すことはリスキーだと判断したのだろう。それに、既に彼の来訪を把握しているのならば、わざわざメルルが忠告するメリットも存在しない。


「多分、メイバル男爵もメルルの家みたいにマッティホープ子爵家を監視しているんだろ。確か…始めにメイバル男爵の名前が挙がったのも、王都のマッティホープ子爵邸をメイバル男爵家の奴が探ってたからだよな?」


「ええ、そうでございますわ。先ほどの話からすると…妹のシャリアン様の様子を窺っていたのでしょうか…。それでもアントルドンに警戒しているあたり、襲われる理由があってそれを自覚しているということでしょうか」


 そう言いながらメルルは仕舞い込んだ紹介状の存在を確認するように鞄を撫でた。結局その理由までは分からなかったが、それを知るための手掛かりとしてはシャリアンと会うための紹介状は重要な存在となるはずだ。


 ある意味、この紹介状はメイバル男爵の信頼の証でもある。俺らがアントルドンと無関係と判断してくれたからこそ、妹のことを確認してほしいと願ったのだろう。…もしかしたら、この街から俺らを遠ざけたかったのかもしれないが、それならばこんな回りくどいことはしないだろう。もっと効果的な方法があるはずだ。


「あ…!ピースケちゃんです…!お返事のお手紙も付いてますよ…!」


 俺らの元に再び手紙鳥レターバードが降り立ってきた。明確な成果があったとは言えないが、既にメイバル男爵との挨拶の結果はゴルムに送ってある。恐らくはその返事を携えてやってきたのだろう。ピースケちゃんは相変わらずタルテに挨拶をしてからメルルに向かって手紙の付いた足を差し出した。


「…アントルドンの行動も読めませんわね…。彼は一体何しに来たのでしょう」


 俺らが挨拶の結果を送ったように、ゴルムからはその間のアントルドンの行動内容が送られてきたようだ。メルルはその内容を俺らに教えてくれるが、その言葉は一言で終わってしまった。


「宿に篭りっきりで特に何かしらの行動はしていない?…何かを待ってるってことかな」


「一回ほど外に出たそうですが、向かった先は狩人ギルドだそうです。そして、やっていたことは私たちが目撃した内容の焼き増しのようなものだったそうですわ」


「あの…狩人に襲わせるつもりなんでしょうか…?それはいくらなんでも…無茶では…?」


 俺らが来たときもそうであったが、彼は狩人を雇おうとしているようだ。しかし、いくら狩人が戦う人間だからといって、領主を襲うことに加担するようなゴロツキではない。戦うことしか能の無い人間失格のような存在も居るには居るが、金さえもらえば何でもするような輩はごく少数と言っていいだろう。


「そもそも、そんな奴らこの街にいるのか?王都のスラムから流れた来たような奴は居るかもだが…仲介者も無しに集められないだろう」


 むしろ、そういった者は傭兵に多いのだが…この街に需要がないため傭兵の数は少ないはずだ。そして、王都から流れてきたような無法者も居ないとは言い切れないが、そう言った者達だって街の規模を考えればさほど大きな力を有してはいないだろう。


「あのあの…聞き間違いじゃなければ…確か…アントルドンさんは若い狩人を探していませんでしたか…?私…それでもしかしたら声を掛けられるかもって思ったから…覚えているんです…」


「…そういえばそんな事も言ってたね。若い方がお金で困ってると思ったのかな。でも、戦力としてあまり期待できないよね」


「もしかして…森に拠点を作ろうとしているとかか?街で戦力を揃えるのが難しいなら、外から連れてくるしかないだろ?攻め入る前の拠点として街の近くに…。いや、でも王都から狩人が沢山来ているこの状況なら、忍び入れるほうが簡単だよな」


 そもそもこの街の堅牢さを考えれば、外から攻め落とすには軍隊が必要になるだろう。まともな知恵があるならば、こっそりと内部に息が掛かった者を入れるほうがよほど簡単だと気付くはずだ。俺らは手元にあるカードを必至に並べ、全体の絵が果たしてどうなっているのかと推測しあう。


「…そもそも、襲うというのが私達の勘違いなのでしょうか。いえ、でも…メイバル男爵の警戒を考えれば、何かしらのトラブルの気配はしますわね」


 メルルは顎に指を添えて小さくそう呟いた。どうも、まだ全てを推測するには足りないピースが足りないようだ。そして足りない何かを探すようにメルルの視線は鞄の中の紹介状へと向けられた。


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