第551話 心配性の男爵

◇心配性の男爵◇


「まさか、とんでもない。確かにそういった仕事をしないか促すことはするかもしれませんが、本人の意思は尊重するつもりです」


 メルルの言葉にメイバル男爵は慌てた様子でそう答えた。責めるような視線を向けるメルルに彼は気を悪くするどころか、それこそ彼女に同意するようにベルの将来は見守る姿勢を崩すことは無いことを打明けた。


 領主としては、ある意味間違った判断なのかもしれないが、メイバル男爵はメルルに言われるまでも無くそう考えていたようで、彼の言葉にメルルも安心したように目から力を抜いた。そして、いくらメイバル男爵が気にしていない様だとはいえ、差し出がましいことを発言した非礼を詫びてみせる。


「あら、そうでしたの…。これは失礼なことを申し上げてしまいましたわね」


「いえいえ、同じ魔法使いなら心配にもなりましょう。聞けば領法で魔法使いは徴兵されてしまうような領もあるとか。我が領は王都から近いお陰で武力は必要としてませんから、その辺は平穏な物ですね。…ああ、ただ…」


 これまではにこやかな表情であったメイバル男爵の顔が曇る。平穏という言葉を言ったことで、何のために俺らがこの街を訪れたのか思い出したのだろう。


「森の騒動の件ですか?たしかに、森は平穏とはいえない状況のようですわね」


「その件にはこちらでも頭を悩ましておりまして…。だからこそ、あなた方のように腕の立つ魔法使いの方が街を守ってくださったと聞いて声を掛けさせていただいたのですよ」


 狩人ギルドが先頭に立って事態の収拾に当たっているが、領地の森の危険度が増しているとなれば、それは領主の管轄でもある。レポロさんが言っていたように、メイバル男爵も黙って見ているだけと言う事は無いはずだ。恐らくは物流の停滞への対応や人々の安全確保、非常事態のための準備など、副次的に齎される問題は彼が対処しているはずだ。


「何を仰いますか。確かに目立つ魔法は使いましたが、あの騒動を収めたのは狩人達の奮闘にありますわ。ベルだって中々に活躍していたのですよ?そのうちこの領地を代表するような魔法使いになるかもしれませんね」


 ほんの少し教えただけなのだが、それでも初めて魔法を手ほどきした後輩が可愛いのか、メルルは矢鱈とベルを贔屓する。チックとタックも身体強化の魔法に励んでいるようだが、既に二人の間ではチックとタックは居ない者のような会話が成されている。


「活躍ですか。…個人的にはやはり心配なのですよ。魔法使いだからといって彼女はまだ幼いではないですか。魔法使いとしての力量を積んで欲しい反面、あまり無茶をして欲しくないと申しますか…。心配性な子だったのですが、まさか狩人になるとは…」


「…やけに彼女に詳しいですわね。目を掛けているとは聞いておりましたが、会った事がおありなんですの?」


 先ほどはメイバル男爵の言葉に安心したものの、妙にメイバル男爵がベルに執着しているように思えてか、メルルが再び訝しげな顔で彼に尋ねかけた。本人の意思を尊重するとは言ったものの、やはり魔法使いを配下の一人として加えたかったのだろうか。


「えっ…!?ああ、いえ。ええと…そうですね。会ったことはあるんですよ。と言ってもあの子は私のことを領主だとは思っていないでしょうが…」


 メルルの言葉にメイバル男爵は多少言葉を濁しながらそう答えた。そして、その言葉の濁しを隙と捉え、メルルは一歩踏み込んだ質問を彼に尋ねかけた。


「ああ…、そういえばベルに聞きました。確か王都の貴族が事故をした際に指輪を受け取ったと。…もしかしてその騒動の時にお会いしたのでしょうか?」


「そ、そういえばその話をお聞きになっていたのでしたね。え、ええ。流石に事が事でしたので私も直接対応したのですよ」


 メルルの質問にメイバル男爵は痛いところを突かれたという様子で答えた。だが、同時に彼の視線はメルルの視線とどこか似通ったものになっている。それこそ、メルルが何のためにメイバル男爵を訪ねたかを知っているため気付くことができたが、二人の眼差しは会話の相手を探るような眼差しだ。


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているというが、おじさんを探ろうとしたらおじさんに探られている。傍観している俺だから気付けたのか、あるいはお互いにその視線の意味に気付いているのかは不明だが、二人はそのまま自然に会話を続けている。


「…マッティホープ子爵でしたっけ?確かこの領地と懇意にしていたと…。その上、指輪を託されたとなれば、かの家の継承権にも問題が及びますからね…」


「ええ、本当にもう惜しい人を亡くしました。早くに父を亡くした私にとっては、それこそ父親のようなお方でした。グレクソン卿も私を信頼して指輪を託してくれたのだとは思いますが…それが原因でもめてしまいますとは…いやはや、恥ずかしい限りです」


「グレクソン卿がそうであったように、今度は逆にメイバル男爵にマッティホープ子爵の後見を願ったのではないでしょうか」


「ははは。そうであったら嬉しい限りです。…ですが、アントルドン殿は私の庇護など必要としない方ですよ。彼も私と同じように早くに父を亡くすことになりましたが、私の心配を他所に直ぐに独り立ちしてしまいました」


 表情や言葉は柔らかいものの、どこか鋭さを持った言葉が交わされる。メルルは指輪の行方とマッティホープ子爵との関係性を探っているが、逆にメイバル男爵は俺らがどこまで知っているかを探っているのだろう。それは同時に今話している事が彼にとって知られたくない情報だということを示している。


「何を仰いますか。メイバル男爵家の方が嫁がれたと聞いていますよ?殿方は夫を支える妻の力を侮るのですからいけませんわね」


 少しからかうようにメルルはそう言葉を紡ぐ。それは女性を軽視することに拗ねる少女でありながら、どこか強かな女性の気配も感じ取ることができた。


「え、ええ。彼には妹が嫁いでおりますが、少し抜けたような子なのでむしろ心配なのですよ。いやはや、お嬢さんのようによくできた方なら私も安心できたのですが…」


 その言葉にはどこかメルルに対する警戒心を孕んでいるようにも思えた。しかし、メイバル男爵の表情に僅かながら憂いを帯びたような気配が漂った。一瞬のものではあったが、それは先ほどベルのことを案じていた表情にも似ており、その対象が彼の妹に向けられた物であることは、この場にいる誰もが推測することができた。


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