第549話 拝啓。監視対象者様

◇拝啓。監視対象者様◇


「それで、結局俺らは何をすればいいんだ?一人で対応するつもりは無いんだろ?」


 俺はメルルにそう訪ねかけた。グレクソンの最後の言葉をいいことに、指輪に纏わる継承権に関してメイバル男爵がマッティホープ子爵家に口出しをしたことが悪いのか、あるいはメイバル男爵がそれをするに足る理由があったのかは解らない。それでころか、ゴルムの危惧していることは全て思い過ごしという可能性もある。


 だが、ゴルムは傍観に徹した結果、後手に回ることを恐れているのだろう。たとえアントルドンがメイバル男爵を襲おうとしていてもゴルムやメルルにはそれを未然に防ぐ義理など無いが、何が起きるかを事前に知っていれば対応する手札を増やすこともできる。…それこそ、あえて一騒動起こさせて、それを理由に両者を捕縛する可能性もある。取り合えず公務執行妨害で逮捕してから余罪を精査する警察のようなものだ。


「ゴルムは私にメイバル男爵を訪ねてほしいとお願いしてきてますわね。あいつらしいと言いますか…、手っ取り早く対面して情報を聞き出せということのようです」


 メルルは手紙に書かれている内容を俺らに語るが、あまり乗り気ではないようだ。ゴルムからのお願いにどのように対応するか悩んでいるのだろう。手紙を読み直しながら指を軽く叩いて思案している。


「メイバル男爵に直接ねぇ。確かに諜報員のゴルムには無理でも、お嬢様であるメルルなら可能だろうな」


「ゴルムはアントルドンがこの街に来たことで状況が動くと思っているようです。だからこそ、ただ監視して動き出すのを待つより、先んじて積極的に情報を集めようという腹積もりのようですわね」


「…だが、少し大胆すぎるんじゃないか?それこそさっき言っていたように、監視している者を炙り出すために待っている可能性だってあるだろ?」


「だからこそ私に頼んできたのでしょう。狩人として街を訪れていることはレポロさんが保障してくださいますし、怪しまれる要素はそこまで高くはありません」


 メイバル男爵に挨拶をしにいくと聞いて俺は思わず訝しげにメルルに聞き返したが、同時にゴルムが要求していることにも内心では同意してしまう。…メイバル男爵を監視するだけならば隠れて見張っていれば済む話ではあるが、調査ともなればこちらから情報を引き出すためのアクションが必要なはずだ。


 それがメルルがメイバル男爵に挨拶をしに行く事なのだろうが、メルルの登場にゴルムがこれ幸いにと仕事を彼女に押し付けたようにも思えてしまう。…もとよりメイバル男爵とアントルドンの監視で手が足りない状況であるというのも原因ではあるのだが…。


「まったく。狩人として活動している私に要求するには随分と不躾なお願いですわ。挨拶などしたら無茶な狩猟ができないではありませんか」


「メルル。もとから無茶な狩猟をするつもりは無いよ。単に面倒くさいからでしょ」


 オフの日に飛び込んできた仕事に憤慨するように、メルルは手の平をテーブルの上でパタパタと打ち鳴らして頬を膨らましている。その様子は妙に幼げで、まるでタルテのような挙動だ。何時もは凛としているお姉さまが自分と同じようなことをしているため、タルテが少し嬉しそうに微笑んだ。


 一方、ナナのほうは呆れたように息を吐き出した。メルルの言うとおり、挨拶をしてしまったらいくら狩人として訪れたと言っても多少は貴族として振舞う必要がある。それこそ、心配性な領主であれば、面倒だと思いながらもひっそりと護衛の者をつける可能性だってある。向こうも挨拶されなければ、たとえ気付いていても知らないふりができるのだ。


 だが、ナナはメルルがそんな気遣いをするつもりが無いことに気がついている。大方、挨拶をしにいくのが単に面倒臭いからだと当たりをつけ、それが見事に図星を突いていたためにメルルは不貞腐れたように唇を突き出した。


「はぁ。面倒ですがメイバル男爵に挨拶に伺いますか…。このまえレポロさんに声も掛けていただきましたし、一言も挨拶が無いのは確かに不躾ではありますね。…言っておきますが、ナナも無関係とは言わせませんよ。面倒臭がっているのは貴方も同じじゃありませんか」


「私は…ほら。書類上は継承権を失ってるから、準貴族みたいな立ち位置だし。だから訪問の挨拶もそこまで気を使う必要はないでしょ」


 貴族組みの二人が言い争うのを俺とタルテは対岸の火事のように静かに見詰めていた。そして仕方が無いと諦めるように、メルルは挨拶に向かうことを決心する。どうやら面倒臭さよりも、ゴルムからの手紙を無視した際の不利益のほうが勝ったようだ。そこに礼儀を守ろうという心が無いとは言えないが、大半は協力せずに後で母親にお小言を貰うことを避けたいという思いだろう。


「でもでも…会ってどうするんですか…?アントルドンさんとの関係や指輪の行方…尋ねても素直に答えてくれるとは思いませんが…」


「あら、タルテにしてはいい質問…、ちょっと。そこで落ち込まないで下さいまし。…私の言葉が悪かったですわ。素直な貴方がするには少し策を弄したような言葉だったから驚いただけです」


 タルテがメルルに疑問点を尋ねるが、メルルの対応にショックを受けて俯いてしまう。しかし、傷付けてしまったことに気がついたメルルがタルテを宥めれば、直ぐに機嫌を直して明るく笑みを浮かべた。素直…というより単純な反応ではあるが、それが却って可愛らしく堪らずメルルがタルテの頭を撫で始めた。


「それで、タルテの質問ですが…、もちろんそんな直接的に尋ねるつもりはありませんわ。それに、何も全てを調べる必要があるわけではありません」


「まぁ、ある程度は筋道を考えておいたほうがいいのは確かだな。…指輪の行方は…先にベル達に確認でも取っておくか…」


 方針を定めながらも、メルルは便箋を取り出し挨拶の伺いを立てるための手紙を書き始めた。諸侯の挨拶から始まり回りくどい言い回しが続くが、ようするに狩人の活動として訪れたから一言挨拶をしたいというシンプルなものだ。


 そして書き上げた手紙をメルルはピースケちゃんに括り付ける。直接的に連絡を取ることが忌避される貴族文化ではあるが、手紙鳥レターバードを用いた文通は意外にも浸透している。単純に手紙鳥レターバードが便利だからなのだろうが、その辺は庶民と変わらないのだなと俺は感心しながら見詰めていた。


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