第548話 ここにも忙殺される者
◇ここにも忙殺される者◇
「やはりゴルムが来ているようですわね。…向こうも私たちが来ている事は把握しているようですが、生憎と手が離せないようですね」
メルルは帰ってきたピースケちゃんの足から手紙を外すと、その手紙に目を通しながらそう呟いた。メルルの言うゴルムというのは彼女の家で働いている諜報員だ。彼女と初めて会ったときに彼にも会ったことはあるが、むさいおっさんであったことしか覚えていない。
…確か、諜報員というよりはそこいらに居そうなゴロツキや傭兵崩れのような見た目だったはずだ。いや、見ようによっては土木建築系の肉体的な仕事をしているおっさんや、酒場の亭主にも見えた気がする。余りにも普遍的なおっさんであったため、逆に印象が薄れてしまっている。
「ゴルムさんですか…?メルルさんのお知り合いで…?」
「タルテは会ったことがありませんでしたわね。我が家で雇っているおっさんですわ」
タルテはゴルムと会ったことが無いため、どのような立場の人間なのかをメルルがタルテに教える。タルテはピースケちゃんに餌を与えながら、世の中には色々なおじさんが居るんですねと感心したように呟いた。
俺らも彼に付いて詳しいわけではないが、彼の仕事が何かを知っているだけで十分だ。メルルは手紙で確認を取ったようだが、十中八九アントルドン・マッティホープの監視のためにやってきているのだろう。そしてそれは、メルルの目撃した男がアントルドンであることの証明にもなるわけだ。
だが、手紙には先ほどの男に関する以外の情報も書かれていたらしい。らしいと言うのは俺らにはその手紙の内容が解らないからだ。それは単にメルルが俺らに手紙を見せてくれないからという訳ではなく、手紙の内容が暗号化されているからだ。
「これは…字が汚い…訳ではないですよね…?」
「字も汚いですが読めなくて当たり前ですわ。今、掻い摘んで説明いたします」
暗号文が羅列された文章を俺らに見せながら、メルルは書かれていることを解説するように呟いた。一部は暗号化されておらず俺らにも読むことが出来たが、それは単にゴルムがサボっただけだろう。途中まで暗号で書かれているものの、挫折したかのように通常の文章に切り替わっているのだ。
俺らでも読める文章を目で追いながら、メルルの話に耳を傾ける。どうやら、手紙の冒頭はメルルが問いただした内容の回答だそうで、先ほどの男がアントルドンで間違いないことが書かれているらしい。
そして、何をするためにこの街に来ているのかは現在調査中…、というかゴルムはメイバル男爵を監視していたのに、この街にアントルドンが来たために彼も監視することになったと嘆くような言葉が綴られているそうだ。暗号化するのを面倒くさがるのに、愚痴に似た内容をしっかり記述するあたり、中々に太い性格のようだ。
「釣り出しの可能性もありますからね。対象が移動したからといって監視員も素直に付いて行くことはしないのですわ。今回はゴルムが丁度移動先に居たということですわね」
「はえぇ…。賢い相手だと…後を付けるのも大変なんですね…」
俺もよくやる手法だが、街から出てみれば素人の追跡者は直ぐに特定することができる。街中であれば人混みに紛れて特定は難しくても、人気の少ない野原にでも出てみれば直ぐに風の探知に引っ掛かるからだ。自分が街から離れた直後に街を出た者が居たり、逆に街に入った瞬間に追って街に入った者がいれば、アントルドンに監視者が誰かばれてしまうということだろう。
そして、追加の監視員が到着するまでアントルドンの監視まで任されたゴルムではあるが、一向にアントルドンはメイバル男爵に連絡を取る様子は無く、むしろ自分の存在を隠すようにひっそりと活動しているらしい。監視されていることを疑って不用意にメイバル男爵と接触することを控えている可能性もあるが、それであったのならば、この街に来ること自体が不自然な行動だ。
そこまで説明するとメルルの指先が手紙の後半を指差した。俺らは反射的にその指先を眼で追うがもちろん読むことは出来ない。再び顔を上げて、何が書かれているのかを問いただすようにメルルの顔を全員で見詰めた。
「ゴルムはルナに頼んで躾けてもらう必要がありますわね。図々しくも私の助力を賜りたいと書かれています。まぁ、状況を考えるに効果的かもしれませんが…」
「んん?人員が足りないから手伝えって事か?…まぁ、俺らならメルルの手伝いをするのは構わないぞ。それともあれか?人が多いと逆に目立つから俺だけ向かうか?」
狩人としてこの街に来たが、メルルが困っているのなら活動方針を切り替えるのは問題ない。ナナもタルテも俺に同意するように頷いた。俺らの言葉にメルルは嬉しそうに微笑むものの、どうやら書かれている内容は少しばかり違うらしい。メルルはゆっくり首を横に振るうと再び翻訳内容を呟いた。
「私がレポロさんに聞いた話が伝わっていますからね。ゴルムも二つの家の関係性が単純な物だとは思っていないみたいですわ。…それに、まだ私が知らなかった情報が追加されています。それによりますと、確かに悠長に構えているわけにはいきませんわ」
考えるのはゴルムの仕事ではなく、彼は見たままの情報をそのまま報告をするのが仕事らしいのだが、それでも好ましくない事態を考えずにはいられない状況のようだ。メルルの語る内容はベル達三人が関わった事故ともつながりのある内容であった。
「偽装ってそんなこと可能なの?重要書類なんでしょ?」
「事故による継承権の引継ぎには、通常とは異なる処理がされますからね。そこを突かれてしまったのでしょう」
メルルが語ったのはアントルドン子爵が爵位を継承するに当たって書類に改竄された形跡が見つかったということだ。もともと王府という腹の内に裏切り者がいたことで、他に何か仕掛けていないか大量の書類が精査されていたらしいが、爵位の継承に関する書類は改竄したところで大した影響が無いため後回しにしていたらしい。
しかし、継承に関わる指輪を巡ってトラブルがあったと聞いて、アントルドン子爵の継承の書類を調べてみれば、そこに改竄されたような痕跡が見つかったそうだ。だがそれは、改竄された可能性があるというだけで、完全に偽物だと証明できた訳でもない。
「ゴルムが知りたがっているのは例の指輪の行方です。もしそれがメイバル男爵の手の内にあるのなら、それを求めてアントルドンがメイバル男爵を襲うことを危惧しているようですわね」
「そう言えば…結局、ベル達に指輪をどうしたかは聞いてなかったな…」
メルルの言葉を聞いて、俺はベル達との会話を思い出してそう呟いた。そして、そこまで聞けばゴルムの考えていることが推測できた。要するに先ほどメルルが言った書類の改竄は、指輪をメイバル男爵が奪った為にヴィロートが仕込んだと考えているのだろう。レポロさんの言うようにアントルドンとヴィロートが繋がっていたのならあり得なくは無いはずだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます