第547話 食べる基準は好き嫌い

◇食べる基準は好き嫌い◇


「少し待ってくださいね。念のため問いただしてみますわ」


 メルルはそう言うと、服の下の胸の谷間から犬笛に似た小さなホイッスルを取り出した。彼女はそれに口をつけて勢いよく息を吹き込むが、その音色は俺やナナの耳には聞こえない。だが、高速で振動する空気の流れを俺の感覚が感じ取った。同じようにタルテもかろうじてその高音を感じ取ったようで、音に反応するようにメルルの笛に反応している。


 だが、その笛は俺やタルテに当てられた合図ではない。メルルが笛を吹き終わってから暫くすると、開かれた狩人ギルドの窓から一羽の手紙鳥レターバードが舞い込んできた。青みがかった黒い羽は夜空のように美しく、赤い嘴がアクセントとなっている綺麗な鳥だ。


 新しい仕事の手紙が届けられたのかとウォッチさんは顔を青くするが、手紙鳥レターバードが俺らの周りを飛び回る物だから、ギルド宛の手紙鳥レターバードではないと判断したのだろう。反射的に硬直してしまった体を解すように、彼はゆっくりと息を吐き出した。


「ピースケちゃんを呼んだんですね…!ピースケちゃん…お久しぶりです…!」


「…何で私の家の手紙鳥レターバードがタルテに懐いているんですの…」


「あれは懐いているんじゃなくて、畏怖してるんだと思うんだけど…」


 手紙鳥レターバードと戯れるようにタルテが宙に指を差し出せば、飛び回っていた手紙鳥レターバードはタルテの指に止まり、挨拶するようにピチュピチュと可愛いく歌った。ぱっと見ただけでは少女と小鳥が戯れている和やかな光景だが、ナナの言うようにそんな生易しいものではない。よくよく見れば、ピースケちゃんはタルテの一挙手一投足を見逃さないように緊張しながら彼女と触れ合っているのだ。


 ピースケちゃんの本能がタルテが上位者だと感知しているのだろう。蛇に睨まれた蛙どころか、ドラゴンに見詰められた小鳥だ。そこに敵意が無いとしても畏怖の念を抱かずにいられないのだろう。だが、強者として畏れられながらも小鳥が触れ合うことができるのは、彼女の優しさも小鳥に伝わっているのだろうか。


「えへへ…この子は懐いてくれる賢い子ですね…。ほら…メルルさんが待っていますよ…!」


「構いませんわ。手紙をしたためますので、そのまま手紙鳥レターバードの相手をしていてくださいまし」


「むぅ…。手紙鳥レターバードじゃなくてピースケちゃんですよ…」


「言っておきますが、前に見せた鳥とは別の鳥の筈ですわよ?このままでは我が家の使役する手紙鳥レターバードが全てピースケちゃんになってしまいますわ」


 タルテは大抵の動物に恐れられるのだが、一部の賢い動物の場合は逆にこうして懐いてくれるのだ。行きがけに利用した馬車の馬もタルテだけには媚を売るように気を使っており、俺には塩対応であったため、嫌がらせに道中では馬刺しの話を話題に上げたほどだ。


 馬は体温が高く、反芻もしないため雑菌が繁殖しづらく、この国でもタルタルステーキなど馬肉の生食文化はある。そんな食べ方もあるのかと彼女達は興味を持っていたが、その反応を見て馬は俺に対してより塩対応になった。あの野郎は自分の身の安全を完全に理解していたのだ。


「まさかと思って笛を吹きましたが、即座に飛んできたということは近くに居ますわね」


「居るってメルルの家業に関わってる人って事だよね?」


「その通りです。ある意味それが私の聞きたいことの回答にもなりますが…、念のため手紙で確認いたしますわ」


 メルルは手紙を書きながらも、タルテと戯れるピースケちゃんをチラリと見てそう呟いた。ピースケちゃんはいつでもメルルの笛の音が届く範囲に居るわけではない。こうして彼女の下に飛んできたということは、笛の音が届く範囲に待機させていた者が居るというわけだ。そして、飛んでくるまでに掛かった時間を考えれば、その距離はかなり近いと言っていいはずだ。


「あなたの今のご主人様はルナでしょうか?いえ、ルナがわざわざこんな所まで足を運ぶわけはありませんね。大方…ゴルムあたりが狩り出されているのでしょう」


 メルルが手紙を折りたたむと、ピースケちゃんは結びやすいようにと片足を差し出した。そしてメルルはピースケちゃんにそう声を掛けながら細い足に手紙を括り付ける。ピースケちゃんは括り付けられた手紙の感覚を確かめるようにトテトテと歩くと、タルテに一言挨拶をしてから再び窓から外に向けて飛び立っていった。


「あうぅ…行っちゃいました…。ピースケちゃんは働き者ですね…」


「心配しなくとも直ぐに返事を携えて戻ってきますわよ。…ほら、ご褒美を上げたいのなら何か頼んでおきなさい。我が家の手紙鳥レターバードは繊細なのですから、塩気のある物は上げては駄目ですわよ」


 飛び立ってしまったピースケちゃんをタルテが寂しそうに見詰めていたが、メルルが返事を携えて戻ってくると言えば、それもそうだと直ぐに笑顔になった。そして、併設された食堂のメニューの中から、鳥が食べれそうな物を探そうと目を這わせ始める。


「あれ、そっか戻って来るんだよね。…じゃぁ、チキンソテーを頼むのは止めておこうかな」


「ナナ…。そもそも何故、手紙鳥レターバードを見た後にチキンソテーを頼む気になったのですか?」


「いや、ほらだって…野鳥を仕留めればハルトが何時も料理してくれるでしょ?…それで、鳥を見たら鳥料理を身体が求めるようになっちゃって…」


 タルテが持つメニュー票を横から覗き込んでいたナナが目星をつけていたメニューを変更する。ピースケちゃんを見て鳥料理を選択したものの、流石にピースケちゃんの目の前で鳥料理を食べるほど残酷ではないようだ。


「ナナさん…!ピースケちゃんは食べちゃ駄目ですよ…!」


「大丈夫だタルテ。手紙鳥レターバードは筋肉と羽に毒があるんだ。それを取り除いて捌くこともできるが、そうしたら食える所は残っちゃいない」


「むぅ…!ハルトさん…!そういうことじゃありません…!」


 俺らの中で最も弱肉強食を体現し戦う者に対しては時に無慈悲になるタルテだが、それは線引きがはっきりしているだけであってピースケちゃんは庇護すべき側にいる存在だ。あの懐いてくれた小鳥を心配して食いしん坊のナナに食って掛かる。


 ナナも解ってるよと苦笑いしながらタルテを宥め、じゃあ牛さんにしようか。ソースが特性らしいよ?とタルテに提案すれば、食いしん坊のタルテはおいしそうですね…!とナナに同意して牛さん二人前を注文した。残念ながら牛さんは庇護の内側に入れなかったようだ。


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