第546話 あいつは何しにこの街へ

◇あいつは何しにこの街へ◇


「おい!まだ人は集まらないのか?狩人ギルドはいつまで待たすつもりなんだ!?」


 納品所での手続きを終えた俺らは更なる情報を仕入れるために狩人ギルドへと戻ったのだが、荒々しい声が受付のほうから響いてきた。その台詞からして狩人ギルドに依頼をしに来た者なのだろうが、どうにも穏便な状況というわけでは無さそうだ。


 俺らがメイブルトンに赴いたように、狩人にとっては活気付いた森は仕事に困らない状況ではあるが、樵であったり森近くに畑を持つ者にとっては仕事にならない状況と言っていいだろう。あるいは柴刈りのために森に入りたい住人など、森の危険度が上がれば困る者は大勢いる。だからこそ、森を平穏を維持するために狩人がいるのだが、既に周囲の森の危険度が上がってからはそこそこの時間が経ってしまっている。


 つまり、収束しない森の状況に痺れを切らした者が出てきたのかと思ってそちらの様子を窺ったのだが、どうやら予想とは違い別件のクレームのようだ。なぜならば、受付のウォッチさんに声を荒げているのは、森で働く者というよりは…随分と身なりの良い格好であったからだ。


「ですから、ご説明している通り全ての狩人は森の維持活動に出向いてまして…。第一、今現在の森に立ち入ることはお勧めできかねません」


「別に狩人ギルドの許可を貰うつもりは無い。そっちは依頼どおり狩人を早く都合してくれれば良いのだ」


 初夏だと言うのに襟の大きなコートを纏い、帽子を人相を隠すように目深に被っている。汚れもほつれもないその服は一目で上等な物だと解るが、逆に言えばそれぐらいしか情報がない。身元を隠すような格好をしているため、逆にどんな人間なのかと興味を刺激され、つい視線がそちらに向いてしまう。


 現在の森の状況は、依頼の掲示板に張り出されている。だが、その掲示板はウォッチさんの受付の近くにあるのだ。あまり近付きたい状況とは言えないため、俺らは彼らの成り行きを見守るようにロビーの脇のテーブル席へと腰を下ろした。


「どうする?あまり揉めるようだったら仲裁に入る?ほら、ウォッチさんって気弱そうに見えるから相手も強くでてるみたいだし…」


「やめとけ。暴力沙汰にならない限り俺らの出番は無いよ」


 困り顔で男に言い返すウォッチさんの様子を見て、ナナが小さな声でそう呟いた。しかし、困っているのは間違いないが、十分に彼一人で対処できるものだろう。確かに依頼者はお客様であるため受付は強く出にくいが、そもそもお客様は神様だという考えはこの国には無い。それどころか他の国でそんなことを言えば異端審問に問われる可能性もある。


 気に食わないからお前には売らないという行為だってよくあるのだ。客と店は対等であり、商品の売り買いは交渉の一種でもあるため、露店などに行けば互いに怒声にも聞こえる声でやり取りする者も多い。今でこそウォッチさんは会話という段階を踏んでいるが、男の振る舞いが目に余るなら、ギルド内にいる狩人に声を掛けて、強制的にギルドから出て行ってもらうことになるだろう。


「…第一、何なんですかこの条件は。何故、対象の狩人を二十歳以下に指定しているのですか?確かに若手なら手の空いている者もいますが、そのような者にはこのような依頼は斡旋できません」


「何も戦闘をしろと言っているわけではないのだ。問題ないだろう。それとも道案内のために高位の狩人を雇えとでも?…それに、王都のギルドに森に詳しい物は現地で探せと言われたからわざわざこうして出向いているのだが?」


「平時の森であれば確かにその選択で正しいのですが、今は平時じゃありません。この森は今、誰にとっても見知らぬ森になってしまっているのです」


 苛立ったウォッチさんが指先でカウンターの上の書類を叩きながら、男の提出した依頼内容の不備を指摘する。しかし、男はその苛立ちを気にすることなく平然と言い返した。その依頼票に何が書かれているかは解らないが、どうも良くある依頼内容というわけでは無さそうだ。


 何かしら、この森に用があってきたのだろうか。今の状況の森をわざわざ訪ねてきたということは研究者の類だろうか。あるいは、可哀相な獣ピティワームのように突発的に沸いた特殊な魔物に価値を見出した商会の類か…。どちらにしてもあまり好ましい依頼とは言えないだろう。


 強いて言えば魔物の生態などを研究している学者の類であれば、森の異変の解決に繋がる可能性もあるが、狩人ギルドと揉めるような研究者は、それすなわちフィールドワークの経験が少ない半人前の証明にもなる。そのような者に森の異変の解決に貢献できるとは思えない。


「…また暫くしたら来る。次までに狩人を準備しておけ」


「森の異変が解決するまでは、この内容の依頼を狩人に斡旋することはできません。せめて目的を教えていただけませんか?内容によってはこちらで見合った者を紹介することも可能なのですが…」


「余計な詮索はいい。…クソっ。狩人ギルドが役に立たないのなら、他の者達をあたるまでだ…」


 自分とウォッチさんのやり取りが周囲の注目を集めていることに気が付いたのか、男はハッと我に返ったように顔を上げると、ウォッチさんに二言三言告げた後、足早に狩人ギルドを後にした。その男の後姿を追うようにして俺らの視線もギルドの出入り口へと滑ってゆく。


「今の男の方…確かどこかで。…いえ、待ってください。記憶を思い起こしますので」


 周囲の視線を気にしたとき、男の顔はこちらにも向いた。その僅かな瞬間に見えた男の顔にどこか思い当たるものがあるようで、メルルがこめかみを指で叩きながら目を瞑って記憶を思い出そうとしている。


「…少しヒュージルさんに似てたね。ハルトもそう思わない?」


「ヒュージルって、ヒュージル・マッティホープか?…確かに似ているような気もするが…別人だろ?」


 人の顔を覚えるのは少し苦手だが、ヒュージルはストーキングしたばかりでなので比較的顔は覚えている。確かに先ほどの男は似ているように見えなくも無いが、年齢が離れているため即座に彼と似ているとは思わなかった。だが、ナナの言葉を耳にしたメルルは大きく反応した。記憶を探って瞑られていた目は見開かれ、白い手は胸の前で拍手をするように音を立てて合わさった。


「そうですわ。アントルドン。アントルドン・マッティホープです!先ほどの男はアントルドンの肖像画とそっくりなのですわ!」


 メルルも本人に会ったことはないのだが、実家でアントルドンの容姿を確認するために肖像画に目を通したのだろう。彼女はその肖像画と先ほどの男がそっくりであったと言い放った。驚きを含んだその言葉は、声量こそは小さかったもののはっきりと俺らの耳にも届いた。そして彼女と同様に俺らも驚いて、つい彼が姿を消した出入り口へと目を向けてしまう。


「同一人物?」


「そ、そこまで自信があるわけではないですわ。ただ、我が家が絵師に書かせた肖像画なので誇張の類はされていないかと…」


「でもでも…、アントルドンさんがこの街に来てるって…何か凄く怪しくないですか…?」


 流石に絵と実物の比較であるため、メルルも絶対の自信があるわけではないようだ。だが、同時に本人だとすれば何のためにこの街に訪れたのか理由が気になってしまう。俺らはタルテの言葉に無言で相槌を打った。


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