第545話 毎週末、狩場に行くタイプの狩人

◇毎週末、狩場に行くタイプの狩人◇


「皆さんまた来てくださったんですね。物資もこんなに持ってきてくださって…。今、手続きをしますので少々お待ちください」


 相変わらず忙しそうにしているギルドの受付に俺は依頼の受注票を差し出すと、ギルドの受付の男…ウォッチさんは俺らの姿を見て嬉しそうに顔を上げた。しかし、アレからも眠れない日々が続いているようで、目の下に蓄えられたクマは彼の頬すら侵食してしまうのではないかというほど濃く、笑顔もどこか生気が無い。


「その…大丈夫…なんですか?」


「あはは。こんなに武器や薬の輸送をしたものだから心配になっちゃいました?安心してください。この前のように街が襲われることは発生していませんよ。ははは。街が魔物に襲われるのと、私がギルド長を襲うの、どっちが先になるでしょうかね」


 あまりの顔色に俺はウォッチさんの体調を心配したのだが、彼は俺がメイブルトンの心配をしているのだと思ったらしい。そのまま、流れるように俺らの居なかった一週間の間にどのようなことが森で発生していたのかを掻い摘んで話してくれる。


 俺らはメイブルトンでの魔物討伐をこなすために、再びこの街に戻ってきたのだ。正直に言ってしまえば彼の体調よりも、その情報を聞くことを優先したい。俺ら意外にも似たような話をしているのか、彼は淀むことなく言葉を紡ぎ、それどころか手書きの要綱をカウンターの上に載せて説明してくれる。


「こう整理してみると、なんだかんだ妖精の首飾りの皆さんのように王都から来てくれる狩人の方々のお陰ですね。この街の狩人だけではもっと酷いことになっていたでしょう」


「私もよく耳にしたんですが、この街は王都でも噂になってましたよ。…その、ウォッチさんには悪いんですが…近くに活気のある狩場があるって。この街は距離も近いので王都から訪れるのに敷居が低いんですよ」


 ナナが苦笑するウォッチさんにそう言葉を返した。俺らは多少関わったメイブルトンの街が心配だったということもあって再び魔物の討伐依頼を受けるために赴いたが、そもそも王都の狩人ギルドではこの街が噂になってきているのだ。報酬は安いものの、近場で魔物の影が濃いいい場所があると。


 それは人手不足のこの森をどうにかするべくギルドが流した噂でもあるのだが、それを承知の上でもこの森での仕事は狩人達の目に留まったのだろう。案の定、俺らもギルドに訪れたときには物資の運搬とあわせてメイブルトンでの依頼を斡旋され、そのまま流れるように引き受ける事となったのだ。


「狩場ですか…。この森がそんな風に呼ばれるのは初めてのことで、なんと言って言いやら…。…個人的にはさっさと元の静かな森に戻って欲しいんですが…。…ああ、いえ…、街の人々が不安がっているということもありますが…、何よりこの仕事量ですよ!王都のギルドは何を勘違いしているのでしょうか!?私は何通も人手不足の通知をしましたよ!?なのに送られてくるのは狩人ばかり!もちろん狩人も足りてはいませんが、ギルド員も足りてないと散々知らせてるんですよ!?」


「ウォ…ウォッチさん…!少し…光魔法を施しますんで…!メルルさんは沈静化の闇魔法をお願いします…!」


「わ、解りましたわ。…もう。精神的にも随分とお疲れのようですわね…」


「あ…アアぁ…ぁあ…私の…私の怒りが…消えうせて…しまう…」


 和やかに会話をしていたはずなのだが、唐突に仄暗いクマに縁取られた血走った眼が俺らの目前で見開かれる。あまりの形相にたまらずタルテが光魔法を彼に行使した。そして、続いてメルルもウォッチさんの額に向けて手を伸ばし、指先で撫でるようにして闇魔法を彼に施した。


 光魔法による疲労回復に闇魔法による精神沈着の魔法。まるで浄化されていくようにウォッチさんは喉を鳴らして呻いている。魔法を施された彼はそのまま椅子にゆっくりと腰を下ろす。そしてそのまま寝入ってしまうのではないかというほど安らかな表情を浮かべたが、自分を律するように唐突に首を意識的に揺さぶってみせた。


「…お二人とも、ありがとうございます。大分楽になりましたよ。危うくこのまま眠ってしまうところでした。…ギルド長はいいですよね。残業はするな。早く帰れと言えば済むと思ってるんですから。仕事量が減るわけでもないのに早く帰れるわけ無いと解っていないのです…」


 メルルの魔法で落ち着いたのだろう。ウォッチさんは再び穏やかな声で俺らに礼を言った。心の闇が全て晴れたわけではないだろうが、強制的に血行促進されたことでクマは色を薄くし、精神も昂ぶりが収まったはずだ。


 まだ彼の口から漏れ出てくる闇に俺達は苦笑いを返すしかない。残念ながらそればかりは魔法でどうにかすることはできないのだ。…多分、あのギルド長は書類仕事はできないのだろうな。上半身裸で机に向かっていることを想像できない。


「それではこの書類を納品所に提出してください。検品が終わり次第依頼完遂となりますので」


 落ち着きを取り戻したウォッチさんは手早く手続きの書類を処理する。そして俺に向けて書類を差し出した。俺はその書類を受け取ると納品所へと向かって移動した。既に馬車ごと納品所に預けているため、既に検品も終わる頃合だろう。


「相変わらず大変そうだったね。…狩人のセカンドライフにはギルド員が定番だけど…私はちょっと遠慮したいかな」


「戦闘教官って手もあるぞ。ナナは魔法も使えるし、そっちのほうが似合いそうだな」


 ウォッチさんのあまりの状態に、ナナはギルド員にはなるまいと決心するようにそう言った。もとより事務仕事が苦手な彼女にギルド員は勤まることは無いため、余計な心配ともいえよう。だが、俺の言った戦闘教官という言葉には反応してみせた。彼女にとっての戦闘教官は俺の母親であるため、あれをそのまま想像しているのなら誤りではある。


「チックさんと…タックさんは…どこまで鍛錬を積めたでしょうかね…。ちょっとは死に難くなってるといいんですが…」


「タルテ。その言い方ですと貴方が殺めるように聞こえますわよ…」


 教官という言葉が出たからか、タルテが自分の後輩兼教え子の姿を探すようにギルドの周囲の町並みを見渡している。一週間では目に見えるほどの進歩は無いだろうが、それでも芽吹きの瞬間とは気になるものなのだろう。メルルも興味の無い不利をしながらもベルを探しているのだろう、チラチラと視線だけで周囲を見渡している。


 俺とナナは残念ながら教え子がいないため、少しばかり彼女達二人を羨んだ後、彼女達を急かすように足早に納品所へと向かった。


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